2018年08月16日

終戦記念日?敗戦でありいまだアメリカの植民地だと知るべし

終戦記念日?敗戦でありいまだアメリカの植民地だと知るべし


毎年お盆と終戦記念日がやってきますが、まことにこの日は日本人にとって不思議なめぐりあわせと言わざるを得ません。

ご先祖を偲び、線香の香りやぼんぼりの明かりを頼りに目には見えないけれどもそれぞれの家に吸い寄せられる魂をお迎えし、親族が集まり昔話に花を咲かせます。

ただ終戦記念日と重なるため、最近はどうだかわかりませんが、私などの世代はご先祖の話よりも、実際に戦地に赴いた爺さんや親せきのおじさんたちから聞く戦争体験のほうが印象深く記憶に残っています。

戦地で食い物がなくなりカエルや蛇を食べた話や負傷した仲間の悲惨な最期など戦争についての話が大人たちの酒席で語られることが多く、幼いころは戦争で亡くなった魂の供養のための記念日との思いが強かったのを覚えています。

私の母は米軍機から学校帰りの通学列車や家路の途中で機銃掃射を受けたことが一番怖かったといいます。また父は墓地で見上げた日米戦闘機の空中戦がとても印象に残っていて自分も早く戦地に行って敵を倒したかったと話していたのを思い出します。

しかし毎年思うのですが、どうも日本人は物事をすっきり、はっきりしてしまうことが不得手なのでしょうか?

終戦記念日からくる印象はあまり悲惨な戦争という実態が伝わらず、なんとなく続いていた戦争がただ終わったという非常に消極的といいますか情緒的な響きに感じられ、しかもお盆という風習と重なるため、ぼやけてしまうように思えるのです。

敗戦という言葉を使うとはっきりと戦争に負けたことを意味しますから、なぜ戦争に負けたのか?なぜ無謀と言われた戦争を始めたのか?なぜ名ばかりの枢軸国側として戦ったのか?なぜアメリカは非人間的な原爆を二度も落としたのか?などなどいろいろな疑問がわいてくるはずですが、終戦記念日という言葉からは何と言いますか、私にはなにかボーッとしてしまいなにも感慨が湧いてきません。

優れた人はすべて戦死し売国政治屋だけが生き残ったのかも!とぷんぷん

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まあ、昭和天皇の玉音放送の内容と日にちによって終戦記念日という名称と8月15日がそのまま記念日になったのでしょうね。

女性を含め多くの日本国民の気持ちは確かに「ああやっと戦争が終わった」という安堵感から敗戦よりは終戦のほうがしっくりくる言葉だったと思われます。

しかし軍や政府関係者にとってはやはり敗戦であり、アメリカの占領政策や敗戦処理など将来の日本国の在り方など様々な思惑や不安が交錯していたに違いありません。

我々が学校で習った歴史では表向きの戦争概論しか教わりませんでした。アメリカのおかげで民主主義がもたらされ、戦後の平和や経済発展を遂げた日本があり、軍部の無謀な戦争批判だけが強く、むしろ戦争に負けてよかったのだ、というようなトーンで教えられていたように思います。

それに合わせ映画や音楽、ファッションそして豊かな生活様式などアメリカという国にとてもあこがれ、見事にアメリカ奥の院の戦略にはまった私の青春時代でした。

しかし戦後73年たった今でも日本はずっとアメリカの戦利品であり属国でした。そのために憲法より上の日米地位協定がありアメリカの都合でどうにでもなる、合同委員会でこの国の運命は決まっています。
安倍でんでん悪徳・犯罪一味を悪代官よろしく、国民から絞り取った税金は国民のためには使われず、アメリカ奥の院に上納され、最近では水資源含め様々な国民資産が奪われ始めています。

多くの日本人はいまだに安倍でんでん悪徳・犯罪一味の正体に気づいていません。
やはりここは終戦という言葉ではなく敗戦という言葉を用いることで歴史をしっかり見つめ直し、戦後73年ずっとアメリカの植民地なのだ、という事実に向き合う必要があるのだと思います。
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posted by ぷんぷん at 16:07| Comment(0) | 権力とメディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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