2020年08月11日

第十章 それからの始まり

第十章 それからの始まり


『小さな角』のつぶやき…

水戸の爺さん、頑張っとるのう。
これがきっかけで六丁目屋読売の長寿連作(ちょうじゅ番組)が始まったのかの…(なんてことは、いや、ナイナイ)。
それはそれとして、ヒツッコイ奴らに、最後の、本当の最後の一撃を加えろ!

それにしても、『桃太郎』という御伽草子は、実はこの一連の物語が動機(モチーフ)だったとは、後世の人々には思いもつかないことだろうな…。

さて、りふじん堂たちも、行者も、弥勒菩薩様も七福神の皆様も、オツカレサマデシタ……



一 ヒヒ爺ぃ、頼んだ!


江戸の大名、旗本の正月は慌ただしい。

将軍世子(後継者)、尾張、紀伊、水戸の御三家というふうに、将軍に血筋が近い者から、将軍へ新年の拝賀(祝辞挨拶)を行わなければならない。

例年、坦々と進められる拝賀の儀だが、元禄九年(一六九六年)の正月は、少し違う動きがあったようだ…。

まだ暗いうちに、水戸徳川家の当主綱條(つなえだ)の書状を持った江戸家老が柳沢吉保の上屋敷をおとずれ、一通の書状を吉保にわたすよう願い出た。
書状を一読(いちどく)した吉保は、フッと苦笑いを浮かべ、廊下にひかえる用人に、

「ご老公様のご嘆願、承知つかまつったと返事せよ」

それを江戸家老から聞いた渥美格之進は、光圀の駕籠に向かって走り出した。
佐々木助三郎と渥美格之進の報告を聞いた光圀は命じた。

「駕籠を進めよ」


その頃、綱吉は吉保の報告を聞いていた。

「今朝暗いうちに水戸様から願いのすじがございました。なんでも、光圀様のお加減がすぐれず、ご高齢でもあり、来年の正月を迎えがたいであろうゆえ、お上にお別れの拝賀をお許し頂くよう特段のご配慮をたまわりたし、とのことでありました」

「うむ、やっとあの煙たいヒヒ爺ぃがあの世に行くか。聞きとどけてつかわす!」

「それと、昨晩除夜の鐘が鳴り終わった頃、浅草寺にて権現(家康)様の埋蔵金が見つかったそうです。お伝様の弟御(おとうとご)に命じ、直接お上の御用に役だてるべく力をつくしましたが、黒鍬衆がちと不始末を仕出かしましたようで…」
と、先の小判とは比較にならない大量の小判の話を報告し、ごく自然に責任転嫁(てんか)した。

「しかし、これもまた日をおき、使い道をゆっくりと考えたく思いますが」

「正月から良い話が続くのう。やはり『友愛』の心が天に通じたようじゃな。甲斐柳沢百万石も、グンと現実味が増したのう…、コノッコノッ」

「ウヒッウヒッ、おたわむれを…」
と、笑いあう二人であった。

やがて、ご三家拝賀を受ける綱吉が立ち上がった。

「上様のおなりでござる」

御三家の当主が平伏した。
続いて控えの間から、黄門様・水戸光圀が現われ、御三家の当主に会釈すると、三人を背にして座し、平伏した。

「新年のご挨拶を言上いたしたく、老体に鞭打ちまかりこしました。老人のわがままをお許し下され。お上のおすこやかなご尊顔を拝し、光圀、いつあの世から迎えがまいりましても本望でございます。
されば…、ゴホゴホッ」

と、光圀は懐紙をとり出すふりをして、六義園にあるはずの文をチラリ…。

綱吉と吉保は『ギクッ』とした。

光圀は、その文をゴホゴホッと言ってはすばやく、またゴホゴホッと言ってはゆっくりと、意地悪くチラリチラリとふところからとり出してはしまうのだった。そのたびに、綱吉と吉保は腰をうかせては、脂汗を流すのである。

「チラッ、ムッ、フッ…。チラーッ、ムムッ、フーッ」
と、老人性根性歪曲症の光圀に翻弄される綱吉と吉保であった。

背後に平伏しているご三家当主には光圀のしぐさが見えない。

「ところで上様、除夜の鐘が鳴り終わった頃、浅草寺にて権現様が秘しておられた多額の埋蔵金が現われたそうにございますな。
さて光圀、このたびの埋蔵金は飢饉に見まわれた藩地領民に下賜されるであろうと、愚考いたしまするが、いかに?……また、お犬さまのみだけではなく、江戸町民にもご慈悲をたまわりますよう願いあげます」
と言って、今度はしかと厳しく二人をにらみ、胸の前に文をひろげて見せた。

綱吉と吉保は、カチンカチンに固まってしまった。やがて光圀は、

「ゴホゴホ、失礼つかまつった。年には勝てませぬ」
と、文を懐にしまい平伏した。

その頭上に荒々しい足音がして、襖が閉まる音が響いた。


数日後、北国に領地を持つ大名と大身旗本、江戸町年寄に登城の触れが出た。
急に病が完治した筆頭老中が出仕し、大広間にて次の触れを申しわたした。

一、大量の小判は、恐れ多くも権現様の深謀遠慮にて、想定外の世情に立ちいたった時にそなえられた埋蔵金である、ということが明らかになった 。

一、この埋蔵金の八割を、奥羽諸藩に下賜する。領主は、江戸屋敷による中間搾取をなすことなく、直接大坂にて一月中に米麦を購うこと。

一、大坂における米麦の取引価格は、昨年の堂島米会所最低取引価格とする。

一、前項の制約をやぶる領主、商人は、切腹、死罪を含めた厳罰に処する。

一、米麦を購った領主は、民間航路を使い、すみやかに領民の救済にあてること。

一、さらにお犬小屋の建設にあたって、その居所を立ちのきし町人の名簿を作成せよ。生活補償金を下賜する。現金給付を除く方法を考えよ。これらには埋蔵金の一割を当てる。

一、江戸、熱田、京、大坂、長崎の町年寄は、先の神隠しにあった子女の家の名簿を作成せよ。精神的慰謝料を下賜する。これらには埋蔵金の一割を当てる。


大名たちが江戸城から喜び勇んで退出するころ、りふじん堂一党は、中の蔵の第三の部屋で、歯ぎしりする吉保と狂兵衛の声を聞いていた。

善八が皆に告げた…。

「そろそろ江戸を離れる時期が来たようです。行者様お力ぞえを頂けませぬか」

「ふむ、どうやらそのようじゃの。ところで、不穏な気配が満ちておるぞ」
との行者の言葉に、外をうかがってきた新助と太助が黒鍬衆の包囲を告げた。
続く
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2020年08月04日

四 反撃!

四 反撃!


翌月から、りふじん堂一党は行動を開始した。

大晦日がせまった二十九日の深夜、太助に率いられた散華衆(さんかしゅう)の姿がお犬小屋に現われた。そして、眠り団子を与えられて眠りこんだ十頭ほどの犬をかついだ散華衆が密かに江戸城に向かい、行者が寝入った犬を置いていった…。

朝になると、目が覚めた犬がさわがしく吠え始め、餌を求め始めた。
そして座敷内におどりこみ、女中や役人の着物の裾にかみつく始末で、城内は大騒ぎとなった。

「やめろ、尻にかみつくな、ちくしょうめ、たたき殺すぞ!じゃなかった、しずかにしなされお犬さま…」

「キャーッ、私の自慢の内掛けを放さないと、ただじゃおかないわよ!…、じゃなかった、お放しくださいお犬さま…」

城内の者は生類憐みの令の手前、手荒なこともできずに、そのとりしずめに右往左往するのであった。

小屋狂兵衛の忍び衆も非番の者も城内に非常召集され、りふじん堂の見張りをとき、城内にもどらざるを得なかった。


その夜、物陰で、りふじん堂のまわりを監視していた太助の指笛が鳴ると、宗兵衛と懇意にしている厨川(くりやがわ)衆が作った荒布橋(あらめばし)下の水面下の出入り口から、善八の仲間の車衆の手で大量の千両箱が運び出された。

深夜の九つ、浅草寺裏手のご神域の林の中に、千両箱をのせた最後の町かごが到着した。
車衆が千両箱にとり付き、厨川衆が作った地下蔵に収められて石のふたが閉じられた。
ややあって、背なかに風呂敷包みを背負った翔吉が、行者とともに姿を現してつぶやいた。

「間に合ったか…」

新助は二本の杉をのぼりおりし、三本目の杉の太枝から三本のテグスをたぐり寄せ、くくりつけられた何やら提灯のような物を枝葉の中に隠して降りてきた。


大晦日がやってきた。

来年こそはいい年になるように、と人々は続々と神社仏閣に詰めかけた。年中にぎわう浅草寺などは、奉行所から整理の者を出すほどである。

同じ頃、綱吉が吉保にわたした覚書を持った行者が、水戸藩中屋敷の黄門様・水戸光圀の寝所に現われてささやいていた。

「余は家康じゃ。その方がつね日頃、ヒヒ爺ぃとの陰口も全く無視して綱吉に御政道の正しきを忠言しておることは良く知っておる。心して聞け。
たわけた文を置いておく。柳沢なる不埒者をこらしめ綱吉に灸をすえよ。
それと、このような飢饉などの想定外の天変地異に備えて、埋蔵金を浅草寺に隠しておいた。その用途を指導せよ。生類憐みの令などに使わせてはならぬ。
除夜の鐘がなり終わったとき、浅草寺に埋蔵金のありかを指し示すきざしが現われるであろう。夢、疑うことなかれ…」
と、ささやき、ボワワーンッと消えていった。

光圀は目を覚ました。

ややボケが始まっている光圀はしばらくポカンとしていたが、枕もとの文に気づくとやおらシャキーンとして、

「あのお方が権現(家康)様かのう…、わが家に伝わる絵姿とは、似ても似つかぬような気もする。恐れ多いことであるが、下痢でもめしておられたのかのう…」
と、まるでトンチンカンなことをつぶやいたが、枕もとの文を一読するとニヤッと笑みがこぼれた。

「この文のお上の文字と花押はまぎれもない本物じゃ。明朝の総登城が楽しみじゃわい」

そして手をたたき、二人の腹心を寝所に呼んだ。
まず渥美格之進(あつみかくのしん)に、

「カクさん、上屋敷にまいり、せがれに伝えてくれまいか」
と、水戸家当主の息子綱条(つなえだ)に何事か伝えるよう命じた。
次に佐々木助三郎(ささきすけさぶろう)に、

「スケさんは浅草寺に出向き、何事が起こるか見とどけて総登城の前に知らせてくれまいか」
と、命じた。そして、

「ヒヒッ、ヒヒヒッ、ファーハッハッハッ!…ウッ、ゲホゲホッ」
と、明朝の自分の活躍に思いを致して、一人大笑いして痰をからませてしまった。

さめた目で、格之進が背をさすり、助三郎がよだれをぬぐってやると、コトリと寝入ってしまった。
ため息をついた二人は、気を取り直して、使命を果たすべく水戸藩中屋敷を走り出していった。


除夜の鐘が鳴り終わった。

南町の定回り同心大月謙次郎は、勘太という手先を引きつれて混雑する浅草寺境内の警備にあたっていた。とその時、人びとが騒ぎ始めた。
浅草寺の上空に、うっすらと七福神の姿が浮かんでいるのである。
勘太が、右手と右足、左手と左足を同時に動かしながら歩みよっていき、

「空を見ろ!鳥だ、きつね火だ、いや七福神だ!」

と、上空を指さし、そして、地面を指さした。

「おうっ、七福神が何か指し示しているぞ」


桃太郎奇譚 七福神.jpg


そこには上空の七福神から一筋の光がとどいており、何やら枝葉に隠れた広い石板が見えていた。かたわらには何故か都合よく金梃子(かなてこ)が転がっている。
年越しの酒に酔った火消しの若い衆が数人前に出てきて、

「勘太どきねえ、おいらたちの出番だ」
と、金梃子を受けとると、たちまち石板を脇に寄せた。
そこには山積みにされた千両箱が、一筋の光に照らされていた。


「大根(ダイコン)…」

謙次郎はつぶやいた。が、気を取り直した謙次郎が、

「皆の願いがとどいたようじゃ。どうやら権現様が、想定外の世情になったとき、世直しに役立てるために残された埋蔵金のようじゃ」
と、声をあげると、野次が飛んだ。

「心配いたすな、今度は間違いなく、世の人びとのために使われるはずじゃ。それ運べ」
との謙次郎の声に、皆は、

「わっしょいわっしょい」
と、お神輿よろしく、千両箱を浅草寺本堂に運びこんだ。

その様子を光圀の家臣佐々木助三郎が見とどけ、走り始めた。

別の暗がりから、ギリギリとくやしがる歯ぎしりの音とともに、小屋狂兵衛が姿を現した。

人びとがいなくなった裏の林では、新助が七福神を回収していた。
七福神を描いた紙と竹で作った、熱気球である。
火力の強い油火で浮遊した七福神は、三本のテグスで空中に位置を固定されていたのだ。
翔吉の依頼で、カラクリ伝十郎が作った物である。

やがて、七つの鐘が鳴り、東の空がうっすらと明るくなり始めた。
江戸城へ向かう大名行列が増えてきて、やがて拝賀(はいが)総登城を告げる大太鼓の音が響き始めた…。
続く
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posted by ぷんぷん at 10:45| Comment(0) | りふじん堂・桃太郎奇譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月28日

三 締めつけの兆し…

三 締めつけの兆し…


ある夜、吉保の屋敷の座敷の庭先に、黒鍬頭(くろくわがしら)の小屋狂兵衛(こやきょうべえ)がうずくまる姿があった。

黒鍬衆は、本来若年寄が支配する組織であり、城中の力仕事などの雑用をこなす、最下級の御家人身分の者たちである。が、綱吉の愛妾(あいしょう)お伝(でん)が黒鍬衆の娘であったために鼻息が荒くなり、この頃では一目おかれる集団となっている。

狂兵衛はお伝の腹違いの弟で、吉保は綱吉の許しを得て黒鍬衆の中から、特に俊敏でかつ凶暴な者を選び出させ、私的に使っている。
そして、城中はもちろん、江戸市中の動きをさぐらせていた…。


「月のご報告にまいりました。
御政道に批判的な仕世堂と申す読売屋と、貝穀屋なる料理屋の二つの店に関して、気になることがございます」

「申せ」

「五月の一連の事件が起こって例の宝船が現われるまで、仕世堂なる読売屋主人の善八なる者を除いて、店の者が不在であった気配があります。
宝船と前後して皆が江戸にもどってきたことや、連続して二つの店から気になる品々が売りだされたことなどを考えあわせますと…」

「その品とはなんじゃ」

「仕世堂から、『桃太郎奇談』なるお伽草紙がただ同然で売り出され、その内容がちと気になりますのでお持ちしました。あとでご一読たまわりますよう」
と、一冊の本を差し出した。

「貝穀屋という、薬種もあつかう薬膳料理屋から『李夫人』なる高級香と『珠光人参』なる朝鮮人参を、破格の安値で売り出し始めました。庶民には無料で配っているそうです。いずれも長崎口の輸入品でございます。
さらに気になるのは、善八の店の奥の蔵にしばらく背の高い男が暮らしていたそうです。どうも異人のような雰囲気がございましたそうな。
南町の能勢様に連れられて筆頭ご老中様の下屋敷をおとずれた、と言う噂もあります」
吉保は腕を組んで考えた。そして続けた。

「ところで、先ごろ宝船が持ち帰った小判の使い道の件で、読売屋から御政道を批判するかのような記事が出されたとか」

「いつも先頭きって御政道に口をはさむ仕世堂が、この記事についてのみは鳴りを潜めているのが不審でありますが。この件についてはこれ以上はなんとも…」

「うむ、わかった」
狂兵衛はしずかに消えた。

吉保は部屋に入り、冊子を一読すると投げすてた。

「なんじゃこの内容は、公儀を愚弄しておる。そのうえ南蛮人と清国人がからんでおるような、もしそうならゆゆしきことじゃ…」

吉保は腕を組んで考えこんでいたが、やおら無気味な笑いを浮かべ、

「使えるやもしれぬな…、一連のことに筆頭老中と能勢の影がちらついておる」
吉保が手をたたくと、用人が現われた…。


「こいつは面白い」
役所から帰宅した北町奉行川口宗恒(むねつね)は、煎餅をかじりながら桃太郎奇談を読んでいた。
そこに使いがきた。

「川口殿は町奉行であられるゆえ、町衆の事情にも精通しておられような。近頃はやりの桃太郎奇談なるお伽草子と、李夫人なる香木、珠光人参なる高貴薬のことはご存知かな」

「もちろんでございます。お伽草紙は一読しました。なかなかに笑えまするぞ。今一度読み返しておるところです。
ご興味があれば明日にもご老中にお届いたします。ただ、李夫人香、珠光人参は話のみしか知りませぬ」
と、にこやかに答えた。

吉保は一喝した。

「たわけ!その方にはこの物語は、ご公儀を嘲笑する内容であると見ぬけぬか!」

それでは登場人物は…、

(話の『北さま』は俺?『南さま』はあのくそいましい能勢頼相?そして、どうしようもなくアホな殿さまは…、とても口には出せない…)

「申し訳ありませぬ。すぐにしらべます」

「その方は先年まで長崎奉行をつとめておったな。最近の長崎での異国物の取引状況もしらべてわしにしらせよ」


数日後、宗恒は報告した。

「二つの店の善八を除く者どもは出張と称し、機を一にして長崎に向かっておりました」

「うむ。して皆の手形はどのようになっておる。江戸を離れておった期間は」

「すべての者の道中手形は能勢殿の名で発行されておりました。そして皆が宝船が現われるまで、江戸を留守にしておりました。
長崎では、三ヶ月ほど前に、多くの香木と朝鮮人参が取引された痕跡があるようです。それと、長崎の両替屋から莫大な額の為替が小口に分けて江戸に送られたとの噂がありますが、これもしかとした証拠は残っておりませぬ。
ところで、五月に長崎から得体の知れない唐船が出港したそうです。何者が乗っていたかを明らかにする痕跡は残されておりませぬ」

「うむ、苦労をかけたの。このたびのその方の働きはわすれぬ」
との言葉を頭上で受けた宗恒は、ホッとして帰っていった。

「狂兵衛、聞いておったか」
と、声をかけると、庭奥の闇から小屋狂兵衛の姿がにじみ出た。

「はっ」

「しかし、何もこれといった証拠は残っておらぬようじゃ。
このうえは狂兵衛、二つの店を見張れ。このたびの宝船が持ち帰った物とは比べものにならぬ小判が、二つの店のどこかにあるはずじゃ。行け」

「はっ」

狂兵衛の姿が消えると、吉保は強くつぶやいた。

「大枚の小判を見つけ出して抜け荷と鎖国やぶりの証拠となし、それを仕組んだ者として、筆頭老中と能勢に腹を詰めさせてやる。
このたびのことに関わった町人は根だやしにせねば御政道が立ちゆかぬ。町人の分際でこざかしい者たちじゃ」

そのつぶやきを、中の蔵の第三の部屋で行者と善八が聞いていた。

善八はしばらくぶりに頼相の屋敷をたずねた。

「うむ、何か打開策を考えねば、その方たちが持ち帰ったお宝をまたもまったくな浪費にまわされるおそれがある。不甲斐ないわしを許せ」

「お奉行様、柳沢様にとって弱みになるようなことや、噂などはございませぬか。なんとか反撃に出たいと思います。何とぞお知恵をおかし頂きますよう」
と、正面から頼相の顔をうかがった。

「うむ…、他聞をはばかる故、その方のみにしておいてもらいたいが、先ごろお上が、ご寵愛あつい柳沢様にご自分の側室であられる染子様をおさげわたしになったのじゃが、染子様は今でもお上のご寝所にも呼ばれているとのことじゃ。
そして柳沢様は、あろうことか染子様をとおして、お犬小屋経費を上納することをかたに、甲斐に百万石ともいわれる領地拝領を願われ、お上も了承されたという噂が城中で密かにささやかれている。
お上のご寝所の乱れについては、このさい目をつむるとしても、理に合わぬ藩地(はんち)のやりとりは政の乱れの大もとである。水戸のご隠居光圀様は、この噂をお聞きになるや顔を真っ赤にして『柳沢に切腹を申し付け、お上の目を覚まさねばならぬ』と息まいておられるとのことじゃ」

「いまのお話を裏付けるような物はございますか」

「噂では、お上の花押(かおう)(サイン)が記された覚書が、染子様にわたされたとのことじゃ」

「まことにためになるお話、ありがとうございます」
と、善八は深々と頭をさげて能勢邸を辞した。


夕闇がただよい始めた頃、駒込にある、近頃柳沢吉保が造営した六義園の裏門にたたずむ善八の姿があった。

ややあって、一人の姿がにじみ出てきた。

「一番立派な奥座敷の文箱に、こんな物があった」

うす明かりでその文を一読すると、善八は不敵な笑みをうかべた。
「ありがとうございます、行者様。どうやら最強の武器を手にすることができたようです」
続く
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石松 (002).png
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posted by ぷんぷん at 09:24| Comment(0) | りふじん堂・桃太郎奇譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする