善八は、お京を恐々と横目で見ながらも、知り得た情報を皆に話し、そして謙次郎に向かって平伏した。
「多くの犯罪はこれ以上発生しないよう、江戸の町奉行所ににらみをきかせていただくほかございません。
が、かどわかしのみは子供たちを取り戻すことが唯一の解決です。それには、困難ではありますが、江戸を離れて動くしか方法がございませぬ。
私どもは、理不尽にも異国に連れ去られるかもしれない子供たちを、是非にも助け出したいのです。理不尽なことをやらかす奴らを退治したいのです!
私どもはしがない読売屋、料理屋ではございますが、人びとの難儀を見すごしにはできません。欲得なしで共に汗を流してくれる仲間や取引相手も各地におります。鎖国のご法も承知のうえで申し上げております。是非、私どもに子供たちをとり戻す役回りをお与え頂きたいのです」
謙次郎は、町民の実力にはあなどりがたいものがある、ということを十分認めている同心であり、善八の申し出は良く理解できた。
善八は続けた。
「恐れ多いことですが、南町のお奉行様をとおして、長崎奉行様にご指示を出して頂きたいのです。今はそれだけで十分でございます」
「今長崎に赴任しておられる奉行は、蓄財(金もうけ)のみにいそしんでいると聞こえている。さほどの助けにはなるまいと思うがの…」
と、謙次郎が答えた。
「いえその逆でございます。私どもが長崎で動きまわるときに一々口を差しはさまないように、とお伝え願いたいのです」
「なるほど、何もしないということであれば、かのお奉行にもできることではあるな…」
と、みょうに納得して受けあった。
翌朝、謙次郎は奉行の頼相(よりすけ)に目どおりを願い、善八から知り得た情報を話した。
「わしも、早急に長崎調べを行なうことが肝要であると思っている。が、わしが言うのもなんだが、役人のおざなりな調べではいま一つ信頼が置けぬのじゃ。勝手がわからぬ土地でもあり、いつ終わるのかものう…」
とため息をついた。
「お奉行、町人の実力はばかになりませぬ。善八たちの力をかりるのも一案かと思いまする」
と、善八たちの実力と、それを裏付ける全国同志網(ネットワーク)などについて話した。
「…、よしわかった。これから筆頭ご老中に長崎奉行殿へのご指示書きを頂きにまいる。筆頭ご老中は話が分かるお方じゃ(ナ〜ンも考えのない、了承様(OKマン)じゃ)。
善八をわしの屋敷に連れてまいれ。
わしが頭をさげて直接協力を頼もう。
これは国としてのあり様に関わる問題じゃ。その者達が海を渡ることもわしの腹にしまって、墓場に持ち行くことにしよう。
とにかく子供たちを取りもどすために、力を合わせるのじゃ!」
と即断して席を立った。
ここに官民合同の、『超法規有志連合』が結成されたのである。
続く


