2020年04月28日

二 牙島要塞粉砕!

二 牙島要塞粉砕!


六月四日の朝八つ半(午前三時)。
珠光村、淡水間の百連壇の連絡を遮断した。
次いで、牙島討ち入りに向かう者たちが淡水を出発した。
討ち入り衆が、牙島要塞を海峡のすぐ向こうにのぞむ密林に到着した。

「ここなら要塞からは目につきにくいな。それにしっかりした立ち木と竹林も豊富にある…、よしここだ」

翔吉の指示で、皆は要塞からは見えないよう竹林に分け入って筏作りを始めた。

夕刻六つ半(午後七時)。
両岸の頑丈なブナの木に、並行して二本の太綱がピンと張られた。
筏が静かに、しかし速やかに海峡を渡っていった。
牙島に上陸した一党は、それぞれの組に分かれて待機した。

竜平は香気砲(こうきほう)の準備を進めた。

老人用オムツを装着された行者はなさけない顔をしていたが、竜平の、

「行チャン、カッコイイ!りりしいお姿はまさに歴戦の勇士です!」
という言葉に、たちまち気力横溢した行者は、

「ムムッそうか、いざ行かん!」
と、竜平の肩をムンズとつかみ、天空に飛び立ったのである。

夜五つ半(午後九時)。
城壁の南側の上空で、

「ブッ…、ウッ!」
という異音とうめき声がして、哨戒兵が突然たおれた。

「ブッ…、ウッ!ブッ…、ウッ!ブッ…、ウッ!」
つづいて、東側、北側、西側の順で哨戒兵が次々にたおれていった。

それを、遠眼鏡(望遠鏡)で恐怖の表情で見ていた太助が告げた。

「宗兵衛様、参ります」

西表で何度も練習していた太助たちは、要塞裏の岩山から、むささび傘(パラセール)であぶなげなく城壁におり立ち、各所に爆薬を仕掛けていった。

一方、城壁に太助たちが降り立ったころ、新助が地下牢の厠の下に浮上した。

「またせたな」
と新助が地下牢の暗がりから声をかけた。

やがて、監視兵近くの空間に行者の合図が聞こえた。

「オホンッ」

「それっ、目張りをしろ」

前もって行者から知らされていた清四の合図で、皆は牢格子に油引きの紙を押しあて、要所を糊ではり付けて牢内と監視所を遮断した。

何がなんだかわからず、ポカンとしていた監視兵が、

「ブッ」
という異音とともに昏倒した…。

香気砲.png


「さあ脱出だ」
子供たちとフレデリックは、地下牢から厠下の水路をたどり、水堀をわたって無事に脱出した。

やがて、懐中時計の針が早朝八つ半(午前三時)をさした。
要塞の各所で、次々に爆音が響(ひび)いた。
誘爆を起こした火薬庫はあとかたもなく吹きとび、砲台はくずれ落ち、母屋の正面玄関の扉は開いたまま斜めに傾いた。

轟音とともに、跳ね橋がガラガラと倒れ、やがて土煙がおさまると、ポッカリと口をあけた城門と、水掘をまたぐ跳ね橋が姿を現わした。

各部隊はいっせいに行動を開始した。

翔吉とヨハネスは母屋に侵入し、頭領アントニオの部屋を目ざした。

「これは」
と、翔吉が一通の文書を、ヨハネスに手わたした。

「西班牙(スペイン)国王の命令書に間違いありません」
一読したヨハネスがその文書を衣嚢(ポケット)にしまった。

二人が部屋を出ようとすると、半開きの扉の向こうの部屋から不気味なうなり声のような気配がした。
扉をあけると祭壇があった。赤黒いぶきみな悪鬼の姿絵が描かれた呪画が祀られており、羅甸(ラテン)語で何か書かれていた。ヨハネスが文字をたどった。

「八名の子供の名が…、これは悪魔崇拝の呪符の写しのようです」

触れようとすると気分が悪くなり、内容を手帳に書き写した。
横に何も書かれていない布があったが、これは難なく手にとることができた。
西班牙国王の文書と一緒に衣嚢(ポケット)にねじこみ、改めて母屋に火をつけた。

要塞のまわりでは、噴出してきた海賊たちと翔竜たちの戦闘が始まっていた。
五十人ほどの海賊は鉄砲隊を前に出し、槍と剣をかまえた者が続いていた。

「それっ」
という翔竜の声がして、物陰から半弓の一斉射が行なわれた。

「ズドンッ、ズドンッ…」
蝮の毒が塗られた矢を受けた海賊は、あらぬ方向に鉄砲を放った。そして大半の者が鉄砲を投げだして、傷口を押さえて転げまわり始めた。
硝煙が薄まると、たくみに矢をかわした槍隊が一斉に突きかけてきた。

「それっ」
とまた声がすると、今度は男たちの顔を目がけて一斉に目つぶしが投げつけられた。散華衆が作った、細かな砂と唐辛子を混ぜて卵の殻に封じたもので、海賊たちは槍を投げだしてもだえ転げた。

最後に残った十数人の直剣(ソード)隊は腕に覚えがある者たちのようで、半身で構えた直剣をたくみにあやつり、接近戦に持ちこんできた。

「三人で一人にあたれ」
翔竜は七、八人を配下にまかせて、みずからは五人の海賊を相手にした。

「リャ、リャ、リャッ」
配下の者たちが闘い終わるより先に、五人の海賊たちは、翔竜の舞踏にも似た流麗な刀剣術のえじきとなっていた。

闘いから逃げ出した海賊たちは、森の中や船着場に向ったが、多くは忍び罠に倒されていった。船着場にたどり着いた者も、そこの火災を前にして蝮が待つ森の中にのがれるしかなかった…。

「ギャッ…」
という声が時おり聞こえていたが、それもやがて聞こえなくなった…。

船着場の対岸では、伊良部衆を鼓舞する尚栄の声がひびいていた。

「それっ、つるべうちに放て!」

海峡を超えて放たれる矢や投げ銛が、船着場に浮かぶ短艇(ボート)や船小屋を次々におそい、火災を引き起こしていたのである。
日頃から鯨銛(もり)を投げなれている伊良部衆にかかっては、この程度の距離から的をはずすことはない。

二刻(約四時間)もすると、要塞と船着場に立っている海賊の姿は一人も見えなくなった。
やがて太助たちが馬を引き、皆が渡峡地点に集まってきた。

朝六つ(午前六時)。
海峡の潮の流れをしらべていた宗兵衛は、

「そろそろ渡る頃あいだな」
とつぶやいて翔吉に顔を向けた。

翔吉は、海賊の首領と幹部のなきがらを見なかったか皆に問いただしたが、誰も見た者はいなかった…。

「おそらく母屋に仕かけた爆薬で吹き飛んだのであろう。もはや時間もない…」

一艘を残して、八艘の筏は海峡を渡って行った。
翔竜は配下の者たちと山林を移動して行った。海賊や百連壇の残党を掃討したあと残された一艘の筏で帰還するのである。

退去を開始して一刻ほどしたころ、行者に連れられた竜平が姿を現した。

「百連壇(びゃくれんだん)幹部五人と手下五人が、馬に乗ってやってきます」
東方に爆発音を聞いた五人は、陥落した要塞を目にして珠光村に急いでいた。

「待ちうけて全滅させて欲しいと、本郷さんたちにつたえてくれ」

その頃、秘密通路をたどり、裏山の洞窟に潜(ひそ)んでいた海賊幹部のアントニオたちが談合していた。

「和人の奴らめ、ここまで子供たちを奪い返しに来るとは…。ちょっとまえに五島に阿片を運んで幕府の船に追いかけられたとき、逆に突っかけてやったら何もしないでスゴスゴと帰って行った和人が、信じられねえ…。
財宝とがき共を奪い返すぞ、生き残った者たちを集めろ!」

要塞の母屋は全焼しており、西班牙(スペイン)国王からの命令書と予備の呪符がうばわれたことには気づかなかった。
続く
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2020年04月21日

第六章 牙島(がとう)攻略

第六章 牙島(がとう)攻略




『小さな角』のつぶやき…

理不尽を正すために、難儀な闘いに敢然と挑んでいく頼もしい者ども…、美しいっ!

国を超えた仲間が手伝ってくれるとは…、りふじん堂の、日ごろの誠意を尽くした付きあいが実ったんだな!
目先のことしか考えない、風見鶏のどっかの政治家や役人に、皆の爪の垢でも煎じて大杯でお代わりさせたいほどだ!

それにしても、りふじん堂もその同志も、友情や人情がヨーわかっとる!、ヨー頑張るもんだ。

美しいっ!



一 多国籍軍結成!

江戸から『大和ラクラク便』に乗った者たちが次つぎに長崎に到着した。
五月十七日の早朝のことである。

長崎に到着した宗兵衛は、さっそく長崎奉行に面会を申し出た。

「江戸日本橋の薬膳料理屋で支配人を務めまする、宗兵衛と申します。南町奉行能勢頼相様からの、『出島の商館長殿と談合して、江戸の人々のためになる西洋薬餌を仕込んでまいれ』とのご下命でまかりこしました。
正式の沙汰だと何かと堅苦しくなるゆえ、町奉行の私命による民間人がよかろうとのご配慮で、私がまかり越しましてございます。
お奉行様のご協力にはご老中から、なにぶんの良き沙汰が下されるとのこともあわせてお伝えするように、と言付(ことづ)かっております」

「好きに談合を進めよ、出島警護の者には話を通しておく」
実入りが期待できることを聞いた長崎奉行は、太っ腹の返答を返した。

同日、椅子背負子(大和ラクラク便)にふんぞり返って、皆は順次長崎入りした。(たまったもんじゃない、お京様は別として…)

皆を運び終わったあとも、準備した道具や物資などを、江戸からせっせと運ぶのだった。さらにお京の、

「休んでんじゃないよエンノ字、大砲も運ぶんだよ!」

行者は屈折した随喜の涙を流しながら、さらに阿蘭陀船の大砲と弾薬を唐船『鶴港』に運んだ。
……ぶっ倒れた。

出航前の最後の談合を始めた。善八を除くりふじん堂、長崎唐人衆の長老と翔吉の片腕の竜平、出島の医官ヨハネスらである。

行者は横でのびていた…。

談合を終えると、皆で丸山の料亭に向かった。
ここにおいて行者はむっくりと覚醒して、皆と料亭に向ったのである。

皆が席に着くと、宗兵衛がふところから南町奉行能勢頼相の書状をとり出して読み始めた。頼相の思いは次のようであった。

(理不尽にかどわかされた子供たちはまことに不憫である。
子供たちが異国に連れ去られたら、この国がある価値もない。
権現様(家康)がこの国を安んじたもうて百年。手を下さぬ公儀…、手を出せぬ自分をふがいなく思うが、如何ともしがたい。

その方たちが頼りじゃ。わが国のかけがえのない子供たちを連れ帰るのじゃ。
理不尽に引き離された親子の悲しみを思い、使命を果たされんことを願う!)

朗読した宗兵衛は、皆に静かに頭をさげて涙を隠した…。やおら頭を上げると、

「苦労はもとより。皆、心を一つにして、今とらわれている子供たちを、必ず一人残らずつれ戻しましょう。親御に良きしらせをもたらすよう力を尽くしましょう。
そして皆も一人も欠けずに帰ってまいります。良いですな!」
皆は静かに平伏し、そして決然と杯をかたむけ、そして杯をその手の中で握り割った…。


数日後の朝六つ(午前六時)。
お京たちを残して、鶴港は長崎港を出港した。
長崎に残った者たちは江戸、長崎、琉球、そして台湾の間の連絡と調整などの後方支援に当たるのである。

西表島(いりおもてじま)で色んなカラクリの扱い方を何度も確かめたうえで淡水に向かった。尚栄が束ねる伊良部衆も合流した。

さらに数日後の夕刻、鶴港は淡水港に碇を投げたのだった。

淡水には、今井壮九指揮のもと納屋衆があやつる納屋船呂宋丸(ルソンまる)と、それに乗った山田信政がひきいる泰和衆(たいわしゅう)が先着していた。

旧知である本郷武蔵と信政、壮九はニヤッと笑い、腕と腕をとりあっただけで言葉を交わすこともなかった。それで十分なのだ。

信政は泰(たい)に拠点を築いて、各国への傭兵派遣を生業にしている。その昔、泰で活躍した山田長政の孫であり、現地日本人武装勢力泰和衆を束ねている。

納屋衆は、お京を主筋と仰ぐ、泰の隣国柬埔寨(カンボジア)に帰化した納屋呂宋(ルソン)助左衛門の後裔である壮九がまとめる武装交易集団である。

この二つの衆は連携して、南海に一大勢力を維持している。

皆は、さっそく談合を開始した。
その席には、バサイ族珠光村(じゅこうそん)の村長の息子とその配下も控えていた。

「皆さんも理不尽なことに苦労されているということじゃが、どうか力をかして下され。皆さんの村をとり返すお手伝いもできよう」
と、宗兵衛が座にさそった。

そして、皆に行者を紹介した。

桃太郎 行者役子角.jpg

行者が術の一端を披露して…、いつものひと騒ぎがおさまった。

ここに『多国籍軍』が結成された。

宗兵衛が談合の口火を切った。

「理不尽は許せない、子供と家族が不憫ではないか。国々の事情や損得などをグダグダ言っている場合ではない、即刻(そっこく)子供たちを助け出すべきではないか。
この戦いは、他国にかどわかされた子供をとり戻す当然の戦いだ。
が、残念ながら、他国の抗議にはことのほか弱い公儀の役人たちの腰くだけが予想される。ついては迅速に作戦を終了することが肝要じゃ」

談合が終了し、酒杯が皆に配られた。皆は声を合わせて酒杯をあおり、

「子供たちの無事奪還を期して!」
と、杯を足元に投げ割ったのである。
続く
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posted by ぷんぷん at 10:32| Comment(0) | りふじん堂・桃太郎奇譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月14日

三 カラクリ準備!

三 カラクリ準備!

カラクリの話に移ると、竹田近江(たけだおうみ)が、連絡が取れない状況で作戦を進めるために、お京が長崎から持ち帰った懐中時計を幾つか早急に複製することを提案した。

(まてよ、むやみな複製は特許権侵害になるかの…、ま、作戦が終わったら速やかに破却(はきゃく)するということですまそう)
と、善八は自問自答した。

「要塞の城壁上で哨戒する兵を打ち倒すには、いかがするかの…」
との宗兵衛のつぶやきに翔吉が申し出た。

「竜平から聞いたのですが、行者様の猪声幻惑(ブッ、クラこいた)の術を使う工夫がつかないものでしょうか。行者様が発するという圧倒的な臭気に、哨戒兵はたちまちひっくり返ること受けあいかと思いますが」

それまで黙っていた伝次郎の目が光った。
「あの…、『におい』ということは気体を用いる術ということでしょうか」

「あからさまにいうと放屁ということです」

「それならば蛇腹筒を使った道具はどうでしょうか。二人一組(ダブルス)で使用する物ですが。
まず、ロウ引きした気密性が完璧な大型の老人用おむつを行者様に着けてもらい、後にひかえてもらいます。
そして、これもロウ引きをした柔軟な布筒をとおして、小田原提灯のように前後に伸び縮みする蛇腹筒につなぎます。これには前面に穴があいています。
前の者が布筒をまたいで蛇腹筒を構えます。
そこで、行者さまに力んでもらって蛇腹筒に放屁を吸いこみ、前の者が敵目がけて発射する!
お話しによりますと姿を見せずに浮遊できるということですが、いきなり夜空から…、考えただけでわくわくします。『香気砲(こうきほう)』と名付けましょう!」
と、新屁器(しんヘーき)の名前まで付けて、一人悦(えつ)に入(い)っていた。

……、皆は無言であった…。

香気砲.png


その新屁器の威力は想像を絶するものであろう…。

(生物兵器禁止条約、化学兵器禁止条約に対しては灰色(グレー)であるが、においはすぐに消えて証拠は残らんし、健康被害は一刻の事じゃろうし、ま、よいか。それにしてもなんとも品のない兵器じゃのう…)
と、善八はため息をついた。

同じくため息をついた宗兵衛が続けた。

「さて、子供たちを地下牢から脱出させる方法はいかがする」

翔吉が申し出た。
「行者様がみょうに感心しておられました、地下牢の水洗厠下の水路を使うのはどうでしょう」

「うん、大人もなんとか通れるほどの穴ではあったが、径三分(約九ミリメートル)ほどの鉄格子がはめてあった」
との行者の話に、慶順が提案した。

「王水(おうすい)という薬液を使えばどうかの、半刻(約一時間)ほどで鉄格子を溶かしきれようかと思うが。
薬剤は長崎の出島では常備しておるはずじゃ。ヨハネス殿は医官ということじゃから簡単にお作り願えよう」

濃い塩酸と硝酸を三対一の体積比で混合した王水は、ふつうの酸には溶けない金や白金をも溶かすことができる。
最強の液体ということでその名がついたのである。

「さて最後に渡峡(ときょう)の工夫じゃが」
との宗兵衛のつぶやきに、伝次郎が発言をもとめた。

「渡峡作戦の話しをおうかがいしてから、現地で作った竹の筏(いかだ)を使用することを考えておりました。
まず、討ち入りのあと、牙島から基隆側に渡峡する人と物を基本としますと、大目に見て全部で千五十貫(約三九〇〇キログラム)ほどの重さを運ぶことになります。
これらを念頭において筏の総数、形を工夫します。
そして、かよい綱をピンと張りますが、綱は滑車ではさんで摩擦を無くします。筏を押し出せば、潮に斜めに押されて向こう岸に勝手に海峡を渡っていきます。

海峡段取り.png


潮の流れが逆転すれば、また勝手に海峡を渡ってくることになります」

皆は絵図を見て納得した。

りふじん堂の面々は、部隊ごとにさらに手順や工夫を詰めた。

「お世話になります。どのようにしてお運びいただけるのかしら?」

との、お京の申し出に、行者はお京と二人きりで南海旅行を楽しめることを思い出した。

異国の王の血を引くお京の気高さと色気に完全に敗北していた行者は、生来の性癖が急にムクムクと湧いてきた!

(お京さんに軽蔑される、二度と口をきいてもらえなくなるかも…)

などとウジウジと考えていた行者は一大決心した。
いや、もはやなりきっていた!

「お京さん、いや女王様!
南海への行き帰りのあいだ、できる限り露出度の高い挑発的な服を着て、ヤツガレ(私)を下僕として扱って頂けないでしょうか!
どうぞ『エンノ字』とでも呼び捨てて頂きますよう!」
と、熱に浮かされたような目で、すがるように頼み込んだのだった。

その、哀れにこい願う貧相な爺ぃを見ると、

(あらっ、もしかしたら私は…)
と、お京も気付いたのだった…。

お京は片目瞑り(ウインク)をして、さらさらと半紙に絵を描いた。

「わかったわ。でも、こんな椅子で運んでくれなきゃだめよ」

背後頭上から頭に足先が乗せられるような椅子と、背負子(しょいこ)を背おった行者が書かれていた。

「えっ、こんなにもやつがれをいじめていただけるのですか!」

行者は歓喜のあまり、泡を吹いてひっくりかえってしまった…。

皆は、行者が倒れたのには一瞬ちらっと眼をやったのみで、ソレハソレトシテというふうで、自分たちの工夫を熱心に考えるのだった…。

行者はお京が描いた絵図を持って、カラクリ伝次郎に作製を頼むと、
夜中にもかかわらず、ものの一刻(約二時間)もしないうちに『大和ラクラク便』と名づけた椅子背負子(バックパック)を作成してくれたのである。

「あの〜実は…、私も行者様と同じ趣味がございまして…ウラヤマシイ!
…マッ、それはさておき、行者様が大和国ご出身ということで『大和ラクラク便』と命名しました」
と、同じ趣味仲間の好意と嫉妬の喜び(?)から作ってくれたのだった。

それを見たお京は胸をなでおろして、その夜は心おきなく衣装(ファッション)に専念することができたのである。

(アーよかった、これで直接手を触れられたりせずに済むわ!)


四 天九牌の仕かけ?

ところで、と万造が翔吉の腰に目をやりながら、

「お腰の根付をお見せ頂けませんか。
数年前まで江戸で大層人気があった、女義太夫・境法之介(さかいのりのすけ)は皆様ご存知でしょう。御禁制の薬に手を出したとかで江戸所払いになったということですが、その腰にさがっていた根付と同じ物のようです」
と、天九牌の根付を受けとって、ふところから出した鉄串であちこち軽く押すと、根付の下端が開き、中から茶褐色の大きめの胡麻粒ほどの丸薬がこぼれ出た。

慶順がその丸薬のにおいをかぐと、つぶやいた。

「阿片じゃ…」

「うわさでは、法之助は江戸所払いになったあと、無職の亭主と子供を食わせるためにひそかに台湾にわたり、しばらく彼の地を巡業していたやに聞いています」

「ふむ…、台湾の百連壇のねぐらに阿片がためこまれているようじゃな。
これもすべて始末することが肝要じゃな」
善八がつぶやいた。


作戦会議は終了して、慶順たちが帰っていった。

姿をかくして警護していった新助・太助、が半刻約一時間)ほどして帰ってきた。

「二人の男がつけていました。この男たちは黒鍬衆(くろくわしゅう)の長屋に帰っていきました」

「やはりな。能勢様のお屋敷から帰るとき、背なかがむずがゆかったが…。しかし、黒鍬衆とは…」
と、つぶやいた善八は、皆に言いわたした。

「皆、聞かれよ。
子供たち奪還が第一ゆえ当面は公儀と手を結ぶが、事が終わったあとは手切れとなることを覚悟しておくよう」


翌早朝、山田信政と今井壮九に宛てられた文を持ったお京が、彼らの協力をあおぐため先発することになった。

中の蔵の第三の部屋に向かって声をかけた。

「エンノ字、出てきなさい。すぐ出発だよ!」

お京は全身黒一色であった。裾をほとんど腰までたくしあげた忍び袷(あわせ)を着て、ピッタリとした紗(うすぎぬ)の襷文筒袴(クロスもようタイツ)で下半身を包んでいた。

足には、指先が出る、武器にも使える踵に細高い歯をつけた武者草鞋(かかとさいたかいはむしゃわらじ(ハイヒール))をはいていた。そして、目の部分を明けた顔上部を隠す派手な覆面をつけて皮鞭を持っていた。

椅子背負い子.png


「早くおしっ!」
行者は歓喜の涙を流し、椅子背負子(大和ラクラク便)を背におってしゃがんだ。
お京が椅子にふんぞり返り、行者の背に鞭を走らせた…。

「さあ、お行きっ!」
と、行者の背中を皮鞭で一撃して、行者の頭を組んだ足先で踏みつけた。

(どっかで見た光景のような…、デブがいなかったようではあるが…)
皆は既視感(デジャビュ)にとらわれて固まってしまった…。
続く
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