楽市丸は遠州灘を渡り、伊豆大島をめざした。
三原山の姿が遠くに見え始める頃、楽市丸はなぜか南に流され始めた。
船頭が、船主代理の竹蔵に報告した。
「竹蔵様、大島に向けようと必死に船をあやつっているんですが、わしらの力がおよばない何かの力で船が流されております!」
そこにいた行者も、めずらしくまじめな顔で、
「先ほどからなぜか背なかがゾクゾクしておる。チョッと見てくる…」
と言い残して、姿がかき消えた。
行者は天上界に昇り、思念を放った。
現れた弥勒菩薩は、本能的に行者の手みやげのバナナにさっそく手をのばした。
「どうした?」
「海をごらん下さい。船の下に何か邪悪な大きな影が…」
「ウン…?これは大変じゃ、領海侵犯じゃ、評議会の召集じゃ!」
弥勒菩薩が七福神を呼び集めた。

「多分あれは…。百年ごとに開催される『海の神々の交流会(シンポジウム)』の打ちあげで、西洋には性悪な大蛸に姿を変えて人びとの船に悪さをしかける悪鬼がおって困っておると聞いたことがある。その名はたしか…、『クラーケン』という名であったな」
と、恵比寿が答えた。
その名を聞いた行者は、西班牙(スペイン)国王の命令書にあった八匹の西洋悪鬼のことを伝えた。
「だとしたら、あのタコ野郎だけじゃなく、変てこな化け物がウジャウジャ出てくるおそれがあります。そしたら、とても私の手には負えません。皆様、あ奴らの悪さを止めて下され!」
台湾バナナに思わず手を出してしまったこともあり、弥勒菩薩は答えた。
「わかった、助けてとらす」
それでも弥勒菩薩は、みずからの危険分散(リスクヘッジ)に配慮し、
「下界の人びとに皆様のお力をお見せ下さい。最近落ち気味の神仏人気をとり返す好機(チャンス)であります。もちろん私もまいりますぞ!」
と、強引に七福神にも責任を押しつけたのである。
しかしそれでも不安であった。バナナをパクパクと食べながらつぶやいた。
「もし西洋の冥界に子供たちが連れ去られたら、その魂を取り戻すのはわしにはちと荷が重いかもしれんのう…、行者に安請け合いしてしまったかのう…」
バナナを二房ほど食べ終わると、その少ない脳細胞に糖分が行きわたり…、閃いた。
(ここはお釈迦様にもご登場願おう。このような西洋の神や悪魔とわたり合う大仕掛け事(ビッグプロジェクト)にわしが関わっておることを記憶してもらう、絶好の機会(グッドタイミング)じゃ。わしの荷も軽くなるし、うまくいけば無選挙で釈迦後継指名を受けられるかもしれん。公職選挙法は…、ギリギリ大丈夫(セーフ)じゃろう…。一石二鳥、いや一石三鳥とはこのことじゃ!)
とお釈迦様をたずねた。

「お、弥勒か。なんじゃ頼みごととは」
弥勒菩薩はカクッ、カクッ、シッカ、ジッカと要領悪く、ことの経緯を話した。
そして聞こえるように、ブツブツとつぶやいた。
「主権侵害を見のがすなど、頭領(リーダー)としてあるまじきことじゃ…」
そして今度は、大を声にして(?)言った。
「もちろん、この弥勒も命に代えましても人びとを救うことをお誓いいたします」
「冗長(オーバー)なことをいうな。そもそもそちは死ぬことなどありえんではないか」
「ははっ、言葉のあやでございまして、ようは私の心意気をおわかり頂ければ、ヤツガレ(私)喜びのイッタリキタリでございます」
「まあいい、手助けしてとらす」
との言葉を残し、その足でオリンポスの丘を目ざした。
オリンポスの丘を見おろす天上界で、押しつけがましく釈迦が話し始めた。
「ゼウス君、チョッといいかい。たしか君には麻雀の貸しがあったよね…、カクカクシカジカ…」
「西洋で冥界を支配しておるのは兄のハーデスじゃが、ひねくれ者での…。ちとやっかいじゃが…、わかった。もし冥界に子供の魂が送られたならば、『時期がずれるかもしれんが、それ以上の大物を冥界に引っぱりこんでいい』ということで、その魂を解き放つよう納得(なっとく)させよう。
悪魔や怪物にささげられる生贄の件は正直ふれたくないのう。近頃は悪魔や怪物との直接交渉はさけておるのじゃ、官製談合と言われかねんからの」
「悪魔や怪物が、勝手に悪人どもを生贄にするようにし向けることにすれば、問題はないんじゃないの?」
「ウーン、東洋の神々の関与があからさまになれば、西洋の神々の中から『主体性を失いかねないリーダーの資質を疑う』と騒ぐ者が出るかもしれんが。マ、なんとかしよう…」
と、恩を売る形で承諾した。
そして上目(うわめ)づかいで、
「これでわしの麻雀の借りはチャラ…?」
「応契牧場(OKぼくじょう)!また遊び仲間を集めておいてくれんか。今度は賭け率(レート)を上げよう。賭博禁止法がちと心配じゃがの…」
釈迦の口から、誰かの口ぐせが出て交渉は成立した…。
西洋の天界から帰還した釈迦は、弥勒菩薩が注視していることに気付かぬふうで、荘厳な雰囲気をただよわせて空にかかる満月を見上げていた…。
(実は、賭博禁止法に該当しない許容範囲について必死で思いを巡らせていたのだが…)
そして、ポツリとゼウスとの交渉結果を厳かに弥勒菩薩に伝えた。
「カッコイーッ!」
弥勒菩薩は甚だしい勘違いをして、月明かりが満ちる中、釈迦の格好(ポーズ)をまねて、これも厳かに行者に交渉の結果を告げたのだった…。
「神々が助けてとらす。安心せよ…」
行者はトッテモ不安だったが、時間もないことからアタフタと下界に向かったのであった…。
続く

