その頃やっと行者が目をさました。しばらく寝ぼけていたが。
「ここはどこ?私は誰?」
「行者様しっかりして、この呪符を海賊船の物と取りかえてくるのよ!」
とのお京の大きな声に、やっと状況をつかむと、
「よし、行ってまいる!」
と、海賊と百連壇の正式の名前が書かれた予備の呪符をつかみ、疲れた身体に鞭打って髑髏号に向かった。
行者が艦長室に忍びこむと、八個の杯が乱れたまま置いてあり、卓(テーブル)の下にはふたが開いたままの、天九牌と火薬が詰まった木箱が置かれたままだった。
「この邪気が満ちている変てこな杯じゃな…」
行者はその杯に浸かっていた呪符をとり出して、代わりに、西班牙(スペイン)海賊と百連壇の幹部八人の正式な名前を記した予備の呪符を浸けた。
と…、小さな影がいくつか飛び出してきて行者にまとわりついてきた。悪鬼の僕(しもべ)ゴブリンである。
「やめろって…、ウゼーッ!」
しばらく貧相な戦いが続いていたが、疲労困憊で少々ゆるんでいた行者が、ブッとやってしまった。
ゴブリンが一瞬めまいをおこして動きをとめたところを、ねらいすました行者が絶妙に蹴っ飛ばした(ナイスシュートした)。そのゴブリンはテキーラの酒瓶を倒してしまった…。
九十度のテキーラが、テーブル下の木箱に流れこみ始めた。蹴っとばされたゴブリンがふらふらと立ちあがるはずみで、今度はローソクをたおしてしまった。
「ヤバイ!」
それを見た行者はしがみつく小鬼をふり放し、あせって船を離れた。
ややあって、『ドドーンッ、ドッカーン…』という大爆発が起こり、髑髏号があっという間もなく沈んでいった。あっけない髑髏号の轟沈である。
テキーラを伝わったローソクの火が木箱の爆薬に引火して爆発し、さらに船の火薬庫に引火したのである。
飛び散った髑髏号の破片が、楽市丸の横っ腹にも損傷を与えた…。
髑髏号が沈んだあたりから多くの黒い影がさ迷い出てきた。
海賊や百連壇の魂である。その影の中でもひときわ目だつ邪悪さの、八つの影が突然消えた。
デーモンと七匹の悪鬼が海賊と百連壇幹部の八つの魂を喰らい、契約終了ということでソソクサと姿を消したのである。
四 魂の復活…
波は静まった。
気づくと、楽市丸は明るい陽光が降りそそぐ八丈島の八重根浜に乗りあげて大きく傾き、波にゆられていたのである。
そして、船の大穴のそばに、飛来した髑髏号の破片が当たった子供、行者の友人清四が倒れていた…。
ヨハネスは持参した薬を使い、最新の西洋医学の知識を総動員して心臓手技治療(マッサージ)や人工呼吸を施したが蘇生しなかった。
行者は、船内の護符に向かってなんとかしてくれるよう訴えた。
七福神はいっせいに弥勒菩薩の顔を見た。
「わ、わかったって」
と、天上界の釈迦をたずねて清四の復活を頼みこんだ。
釈迦は東洋の冥界を支配する閻魔に確認したが…。
「清四君の魂は西洋悪鬼との戦いに巻きこまれたゆえ、届けが出ていないとのことじゃ。彼の魂はどうも西洋の冥界にとらわれたようじゃ…。よし、西洋の冥界から、清四君の魂を解き放してくれるように話してみよう。
ただし、一度冥界にとらわれてしまった魂を解き放つには、具体的な交替要員の魂が必要じゃ。誰か指名してくれんかの」
「ならば、この一連の騒動の元凶でもある、西班牙(スペイン)とかいう国の王カルロス二世はどうでしょうか。国王という大物ですから西洋の冥界の神も納得するんじゃないでしょうか」
「よしそれで交渉しよう」
と、その場からオリンポスの丘に向かい、ゼウスをたずねてブツブツ言うハーネスを二人で説得した。
清四の魂を冥界から解き放つのに成功したのである。
ただし、清四の場合は突発事項であったため、魂を開放してもらっただけではこの地上に甦ることはできない。
真っ白な顔色でピクとも動かない清四を見て、行者は右手で印を結び左手を清四の胸にあて、一心に清四の復活を祈り始めた。
しかし、変化は現われない。
それを見ていた恵比寿がやはり右手で印を結び左手を行者の肩にそえた。その恵比寿の左肩に寿老人の左手が、その寿老人の左肩には大国天の左手がというふうに、七福神が行者の後ろに連なっていった。まるで電車ごっこのように…。
真っ白であった清四の頬が、少しずつ赤みを増していった。
やおら弥勒菩薩が両目を見開くや、叫んだ。
「喝(カツッ)!」
すると、行者が手をそえていた清四の小さな胸に、うっすらと九曜紋(くようもん)に似た痣(あざ)が浮かびあがってきた。中心の大きな円に小さな角、その周りを、一番上にバナナとそれ以外に七つの宝船の模様と見える、全部で八つの小さな円が囲んでいた。

そして清四の顔色が明るくなり、その痣がやっと見えるほどの薄さになると、清四が眠そうに目をあけ、
「ここどこ?おいらどうしたの」
と口を開いた。
九つの願いが一つになり、清四の魂をこの地上に呼び戻したのだった。
弥勒菩薩と七福神は人の目には見えないため、行者一人の働きに見えた。
「おおっ、行者様は神か仏か!」
「まあ、それほどでもないがの…」
と照れる行者に、弥勒菩薩が何か言いたそうに身を乗り出したが、七福神がなだめた。
「このたびはまさしく行者が頑張ったのじゃ、良いではないか」
「ま、良いか」
と、弥勒菩薩と七柱の神々はニッコリして拍手したのだった。
宗兵衛が善八を連れてくるよう行者に頼んだ。気分が極めて良好な行者は軽やかに答えた。
「応契牧場(OKぼくじょう)!」
「わしの十八番(オハコ)を…」
またまた抗議しそうな弥勒菩薩だったが、七福神になだめられて鉾をおさめた。
弥勒菩薩は天上界に、七福神は船の護符の中にもどっていった。
一生に何度もない、行者の晴れ姿であった…。
ノッた行者は、力瘤を作っては静止(ポーズ)!
その腕を背に回して、胸筋と腹筋を力んで静止(ポーズ)!
そして、満を持して、後ろを向いて振り返って大げさにニッコリ笑って静止(ポーズ)…と思ったら、皆は船に向かっていた…。
「オーイッ、置いて行かないで〜」
行者の叫びが寂しかった…。
島をはなれてしばらくしたとき、竹蔵の声に、皆が神棚の下に集まってきた。
「皆様来てください!この七福神の護符の絵柄が変わっているんですが…」
にこやかな七福神が乗る宝船という鉄板絵柄が、船べりに十四の足裏が見えるばかりになっていたのである。
行者は見えを張ってこたえた。
「あーそれ?
実は、先日の海賊との戦いで、ツーカーの仲の七福神の皆さんに加勢をお願いしたんじゃ。皆には見えなかったじゃろうが、西洋悪鬼の力を封じこめて頂いたんじゃが…、それでお疲れなのであろう。ま、わしの活躍と、正義感に共感して一段と頑張られたようじゃな、エヘンッ」
「そんなことがあったのですか…、ありがたいことです。…でも本当にツーカーの仲?」
善八が激しく疑(うたが)わしい目で見た。
「アレ?もしかして疑ってんの?しょうがないのう…。よし、わしがチョッとお願いすれば皆さんは姿勢(ポーズ)を変えてくれよう。わしが姿を消したら目をつむり
『…、…、ダッ!』と声がしたら護符を見てみよ」
と、行者は姿を消して護符の中に入っていった。皆は目をつむった。
「チョッとお付き合い願いたいのですが…」
「何じゃ?めんどうくさいのう」
と七福神はモゾモゾと起き上った。そこに行者は小さな声で、
「ダールマサンガー、コーロン…」
とささやき、今度は大声で、
「…ダッ!」
と声をかけた。反射的に七福神は動いて、止まった。
善八たちが目を開けると、先ほどとは異なったポーズの七福神が護符にいた。
やっと行者と七福神の関係を信用した善八は、
「それではお礼の意味で、七福神の皆様たちの顔が立つような工夫をいたしましょう」
と、行者とともにひと足先に江戸にもどった。
楽市丸は航海を続けた。
続く

