2020年08月25日

三 新たな旅立ち…

三 新たな旅立ち…


その日の午後、城中の小部屋で吉保が苦笑いを浮かべて、つぶやいた。
「町人ながらあっぱれな者たちではあるが、このままほおっておくわけにはいかぬ。どんな手を使おうと、目ざわりな者どもをきっと滅ぼしてつかわす!」

りふじん堂一党は、行者とともに郊外に身を潜めていた。
大月謙次郎がひそかにたずねてきた。

「善八、この度のことが、吉保さまのお上への働きかけで、公儀への反乱という名目にされたそうじゃ。この名目がたてられた以上、無念ではあろうが、勝ち負けには関係なくその方たちには立つ瀬がなくなる…」
善八は、湧き上がる怒りを抑えて頭を下げていた。
………。

「その方たちの無事を祈っておる」
と、謙次郎は万感の思いを胸に帰っていった。

ややあって顔をあげた善八が、

「われわれのこの町での役目は終わったようじゃ。どうじゃ、皆で別の町の理不尽をただしに旅に出るのも悪くないかと思うが…」
と不敵な笑みを浮かべ、皆を見まわした。

お京が代表するかたちで言った。

「色んなことがございましたが、何よりも国の外にかどわかされた子供たちをうばい返すことができましたのは幸いでございました。
全部のお子にまでは手遅れではございました…、このことは返すがえすも無念ではございます。お公儀が普通に政をやってくれれば、多くは解決したはずであろうかと思いますが…。」

皆の心中には、あまりにも破廉恥、あまりにも無責任な公儀に怒りがうず巻いたが、その思いを飲み込んだ…。

「まだ理不尽なことは多くまかりとおっております。
ですが、少しは人びとに夢を与えることができたのではないでしょうか…。
生きる元気を与えることができたのではないでしょうか!」

「うむ…そうじゃの。行者様には大変お世話になりました」
との善八の言葉に皆も和して、八人は深々と頭をさげたのである。

「あ、それほど礼を言われることでもないのじゃが…。コチラコソ」

八人を自分の下請けにセットした行者は、しどろもどろにペコンと頭をさげた。


その夜、江戸の町への惜別の宴をはった。
そして、行者の超時空移動の術で、別の時空に飛び立つことにした。

(清四君とのつき合いもこれで終わりか、トホホ…)
と行者は心で泣いていた…。

「それでは行者様お願いします」

「うむ、ではまた別の町での下請けも、よろしく頼む…」

「ウン…、『下請け』?」
と、聞き返した翔吉に、

「い、いや何でもない…」
と、あわてて孔雀明王経をとなえ始めた…。すると、皆の意識は遠のき始め、

「アリャリャッ…」
と、あわてる行者の声が聞こえて、皆は気を失ってしまった。
行者の術がいまいち効きが悪いのか、それとも別の理由からか…。

桃太郎 行者役子角.jpg



そのころ江戸駒込では柳沢吉保がつぶやいていた。
「また肩すかしをくってしもうたか…」

綱吉は、その後も生類憐みの令を進めて犬殺しの密告を奨励したりしたため、朝野をあげた怨嗟の声は大きくなる一方となり、世の中の倫理は荒廃した。
そして、宝永六年(一七〇九年)、ハシカにかかり六三歳で突然に死没した。

なお、なんの根拠もないが、異常に可愛がっていた狆犬(ちん)からハシカをうつされたのだ、と人びとの嘲笑をかったとのことである…。

柳沢吉保はその後も右へ左へと責任転嫁しては権勢を極め、宝永三年(一七〇六年)、ついに大老格にのぼりつめた。
しかし、三年後には後ろ盾の綱吉が没したため、即隠居させられて正徳四年(一七一四年)、五七歳で死没した。

一代の怪物ではあったが、残ったものは駒込の六義園のみだったではないかという者もいた…。


能勢頼相は、翌年黒鍬衆の江戸騒擾(そうじょう)の責任をとって奉行を辞したのち、その年の暮れに病で死没したと言われる。
しかし、しばらくして、柳沢吉保から出された、りふじん堂との一連の協同作業の取調べを拒んでの切腹である、とささやかれた。


長崎出島の任期を終えたカピタン、ヘンドリック・ディックマンは、一六九五年十月に、ヨハネスとフレデリックを伴いオランダに帰国した。

ヘンドリックは、オランダ議会でスペイン国王カルロス二世の暴挙に対する弾劾演説を行った。
ヨーロッパ各国は、その真相を明らかにするようカルロス二世にせまった。そのプレッシャーにたえられず、カルロス二世は精神に異常をきたし、三五歳の若さで一七〇〇年に死没した。

その葬儀の場に、マントに身を包みフードに顔を隠してひっそりとたたずむ冥界の王ハーデスの姿を見たという者がいた…。


一命を取りとめた清四は、神隠しがとかれた翌年、加藤清四郎という名にもどし、日本橋にある輿工房(乗り物工場)『豊田屋』に小僧奉公を始めた。

届け物の用事などを言いつかると、背に丸に丁の字(トヨタマーク)が染めぬかれた朱の半纏を着て店を出るのだが、荒布(あらめ)橋を渡るとき、なぜかうっすらと胸に九曜紋に似た痣が浮かぶのであった。
大きな円を囲む八つの小さな円。一番上の円にはバナナが、残りの七つの円には船の形が、そして中央の大きな円には『小さな角』が浮き出ていた。

八絵図.png


清四郎は何故かなつかしい思いがわいてきて、そっとその痣に手を当てるのだった…。
続く
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2020年08月18日

二 最後の闘い!

二 最後の闘い!


善八は、この月の月番である南町奉行能勢頼相をたずねた。

「江戸の町を騒がせることになりそうです。お許し頂きますよう」
「日本橋界隈を南町の手の者で封鎖して進ぜよう。不埒者をこらしめよ」
「ありがたきお言葉でございます」

善八は頼相邸を辞すと、皆に命じた。

「皆、戦いの仕度じゃ」

深夜、黒鍬衆は十人ずつほど三つの組に分かれ、仕世堂と貝穀屋を囲んでいた。だが、その後ろにりふじん堂一党がひそんでいることには気づいていない…。

貝穀屋の前で、黒鍬衆は思いもよらぬ背後からの攻撃にうろたえた。

「引っこんでろ」

新助の小太刀にきき手の筋をはね切られた一人がうずくまった。

「そらそらっ」
と、目にもとまらぬ速さで太助の両手から投げられる小柄を目に受けた男と、ひざがしらに小柄が刺さった男が戦線離脱した。

太助が、

「ピュウピュウ」
と、指笛をふいた。すると、バサバサという羽音とともに夜烏が隣の店の屋根に集まってきた。太助は、先ほどのとは調子の違う、

「ピューッ」
という合図とともに、残った小柄を夜空に放り投げた。烏は屋根から飛び立つと小柄を両足につかみ、黒鍬衆をおそった。背中に小柄をつき立てられた二人が血を流し、烏の攻撃を避けるため頭をかかえうずくまった。


四人が、怒りの形相で立ち向かってくると、宗兵衛の手から火炎が放射された。竹の水鉄砲から放射された油の炎は叩いても消えない。
炎を消すため武器を放り出して四人は掘割に飛びこんだ。すると、四人は次々に水中に引きこまれていった…。

おぼれて失神してしまった男たちの横から新助が顔を出して声をかけた。

「太助、こいつらを引き上げるのを手つだってくれ」
しばらくして、貝穀屋の前に十人の男たちがしばられて転がされていた。


仕世堂の前では、お京、翔吉、尚栄が素手で黒鍬衆と対峙していた。

二人が両側からお京に殺到した。

「なめんじゃないよ、ハッ!」
という、短い気合いとともに、思わぬ速さでお京が回転した。
その動きをとらえられない二人は、何がなんだかわからないまま倒されていた。高速で回転するその脚が凶器となり、側頭部をしたたかにたたいたのである。

背後から切りつける気配をさっした翔吉は、地面近くまで身体を縮めてやりすごし、後ろ向きに相手の懐に密着すると、身体を伸ばした。
密着した翔吉に刀が使えないため、男は飛びさがろうとした。その時、

「そんなに冷たくしなくったっていいじゃねえか」
と、クルリとからだを回した翔吉の両足が男の上半身をかけあがった。顎を蹴り上げられた男は吹っ飛んで悶絶してしまった。
刀はクルクル回って飛んでいき、ひかえに回っていた男の右肩に突き立った…。

五人の男に同時にせまられた尚栄は、両足を肩幅より広めにして右足を前に出してかまえた。そして、手の平を上に向けた右手を男たちの前にかざし、ニヤッと笑うと、指先をチョイチョイと曲げてさそい、

「アチャッ、アチャ、アチャ、アチャーッ!」
という奇声を発しながら、尚栄の二つの拳がピストン運動をくり返した。
…、拳の残像が消えないうちに男たちは倒れていた。

同じように十人の男たちが転がされるのにさほどの時間もかからなかった…。

中庭に降り立った第三の組・狂兵衛たちが人の気配がしないのに気づいた時、中の蔵の屋根に身を潜めていた二人が立ちあがった。

やにわに、本郷武蔵が持つ半弓から短矢が連射され、またたくまに五人の男たちが脚や肩を押さえながら庭を転がっていた。

「本郷さん、少しは残しておいて下されや」

「久しぶりに、伊藤一刀斎様ゆずりの技が見られますかな」

善八が庭に降り立つや、狂兵衛を先頭にして五人の男たちが殺到してきた。
善八は、はた目にはゆっくりと見える剣を、ふり上げふり下ろすこと五回。
すると五人の男たちは声を発することなく、悶絶して庭にたおれふしていた。

「峰打ちでござる」
善八の口から、武家言葉がもれた。

「すさまじい剣技でありますな…。相手の刀がとどくより一瞬早くわが刀が相手にとどけば良い、との極意でござるか…。それには力より、もっとも無駄のない軌道に刃をのせる、ということでござるな…、ウームッ」

「いやいや年寄りの冷や水でありました。本郷さんの日置流(へきりゅう)の半弓早打ちに、年がいもなく興奮しました。おはずかしい…」

「いやいや、善八殿の剣技にくらべれば拙者の腕など、まだまだ…」
二人は男たちをしばろうともせず、互いをほめるのであった。

そこに、翔吉と太助を外の男たちの見張りに残し、宗兵衛、新助、お京そして尚栄がもどってきた。
が、二人は…。

「ホホーッ、ナカナカ…」
「イヤーッ、マダマダ…」

新助と尚栄は無言でため息をつき、狂兵衛以下の十人をしばりあげた…。

お京が、中の蔵の第三の扉の中に向かって声をかけた。

「行者様、終わりましてございます。黒鍬衆を少しお運び願えますか」
行者は、四ッ谷のお犬小屋に、十人の黒鍬衆を投げこんできた。

朝になれば、昨年暮れの江戸城内犬騒動のさかさま劇が始まるであろう…。

日本橋のたもとに出張っていた頼相のもとへ、善八が出かけて首尾を報告した。
二人は互いの目を見つめ合っていたが、ややあって善八は目礼した。
頼相は、二つの店の前に転がっている黒鍬衆を南町奉行所に引き立てていった。

翌朝、四ッ谷のお犬小屋では、
「ヒエーッ、イテテッ」
と、悲鳴をあげながら、犬から逃げまわる狂兵衛たちの姿があった…。
続く
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posted by ぷんぷん at 10:18| Comment(0) | りふじん堂・桃太郎奇譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月11日

第十章 それからの始まり

第十章 それからの始まり


『小さな角』のつぶやき…

水戸の爺さん、頑張っとるのう。
これがきっかけで六丁目屋読売の長寿連作(ちょうじゅ番組)が始まったのかの…(なんてことは、いや、ナイナイ)。
それはそれとして、ヒツッコイ奴らに、最後の、本当の最後の一撃を加えろ!

それにしても、『桃太郎』という御伽草子は、実はこの一連の物語が動機(モチーフ)だったとは、後世の人々には思いもつかないことだろうな…。

さて、りふじん堂たちも、行者も、弥勒菩薩様も七福神の皆様も、オツカレサマデシタ……



一 ヒヒ爺ぃ、頼んだ!


江戸の大名、旗本の正月は慌ただしい。

将軍世子(後継者)、尾張、紀伊、水戸の御三家というふうに、将軍に血筋が近い者から、将軍へ新年の拝賀(祝辞挨拶)を行わなければならない。

例年、坦々と進められる拝賀の儀だが、元禄九年(一六九六年)の正月は、少し違う動きがあったようだ…。

まだ暗いうちに、水戸徳川家の当主綱條(つなえだ)の書状を持った江戸家老が柳沢吉保の上屋敷をおとずれ、一通の書状を吉保にわたすよう願い出た。
書状を一読(いちどく)した吉保は、フッと苦笑いを浮かべ、廊下にひかえる用人に、

「ご老公様のご嘆願、承知つかまつったと返事せよ」

それを江戸家老から聞いた渥美格之進は、光圀の駕籠に向かって走り出した。
佐々木助三郎と渥美格之進の報告を聞いた光圀は命じた。

「駕籠を進めよ」


その頃、綱吉は吉保の報告を聞いていた。

「今朝暗いうちに水戸様から願いのすじがございました。なんでも、光圀様のお加減がすぐれず、ご高齢でもあり、来年の正月を迎えがたいであろうゆえ、お上にお別れの拝賀をお許し頂くよう特段のご配慮をたまわりたし、とのことでありました」

「うむ、やっとあの煙たいヒヒ爺ぃがあの世に行くか。聞きとどけてつかわす!」

「それと、昨晩除夜の鐘が鳴り終わった頃、浅草寺にて権現(家康)様の埋蔵金が見つかったそうです。お伝様の弟御(おとうとご)に命じ、直接お上の御用に役だてるべく力をつくしましたが、黒鍬衆がちと不始末を仕出かしましたようで…」
と、先の小判とは比較にならない大量の小判の話を報告し、ごく自然に責任転嫁(てんか)した。

「しかし、これもまた日をおき、使い道をゆっくりと考えたく思いますが」

「正月から良い話が続くのう。やはり『友愛』の心が天に通じたようじゃな。甲斐柳沢百万石も、グンと現実味が増したのう…、コノッコノッ」

「ウヒッウヒッ、おたわむれを…」
と、笑いあう二人であった。

やがて、ご三家拝賀を受ける綱吉が立ち上がった。

「上様のおなりでござる」

御三家の当主が平伏した。
続いて控えの間から、黄門様・水戸光圀が現われ、御三家の当主に会釈すると、三人を背にして座し、平伏した。

「新年のご挨拶を言上いたしたく、老体に鞭打ちまかりこしました。老人のわがままをお許し下され。お上のおすこやかなご尊顔を拝し、光圀、いつあの世から迎えがまいりましても本望でございます。
されば…、ゴホゴホッ」

と、光圀は懐紙をとり出すふりをして、六義園にあるはずの文をチラリ…。

綱吉と吉保は『ギクッ』とした。

光圀は、その文をゴホゴホッと言ってはすばやく、またゴホゴホッと言ってはゆっくりと、意地悪くチラリチラリとふところからとり出してはしまうのだった。そのたびに、綱吉と吉保は腰をうかせては、脂汗を流すのである。

「チラッ、ムッ、フッ…。チラーッ、ムムッ、フーッ」
と、老人性根性歪曲症の光圀に翻弄される綱吉と吉保であった。

背後に平伏しているご三家当主には光圀のしぐさが見えない。

「ところで上様、除夜の鐘が鳴り終わった頃、浅草寺にて権現様が秘しておられた多額の埋蔵金が現われたそうにございますな。
さて光圀、このたびの埋蔵金は飢饉に見まわれた藩地領民に下賜されるであろうと、愚考いたしまするが、いかに?……また、お犬さまのみだけではなく、江戸町民にもご慈悲をたまわりますよう願いあげます」
と言って、今度はしかと厳しく二人をにらみ、胸の前に文をひろげて見せた。

綱吉と吉保は、カチンカチンに固まってしまった。やがて光圀は、

「ゴホゴホ、失礼つかまつった。年には勝てませぬ」
と、文を懐にしまい平伏した。

その頭上に荒々しい足音がして、襖が閉まる音が響いた。


数日後、北国に領地を持つ大名と大身旗本、江戸町年寄に登城の触れが出た。
急に病が完治した筆頭老中が出仕し、大広間にて次の触れを申しわたした。

一、大量の小判は、恐れ多くも権現様の深謀遠慮にて、想定外の世情に立ちいたった時にそなえられた埋蔵金である、ということが明らかになった 。

一、この埋蔵金の八割を、奥羽諸藩に下賜する。領主は、江戸屋敷による中間搾取をなすことなく、直接大坂にて一月中に米麦を購うこと。

一、大坂における米麦の取引価格は、昨年の堂島米会所最低取引価格とする。

一、前項の制約をやぶる領主、商人は、切腹、死罪を含めた厳罰に処する。

一、米麦を購った領主は、民間航路を使い、すみやかに領民の救済にあてること。

一、さらにお犬小屋の建設にあたって、その居所を立ちのきし町人の名簿を作成せよ。生活補償金を下賜する。現金給付を除く方法を考えよ。これらには埋蔵金の一割を当てる。

一、江戸、熱田、京、大坂、長崎の町年寄は、先の神隠しにあった子女の家の名簿を作成せよ。精神的慰謝料を下賜する。これらには埋蔵金の一割を当てる。


大名たちが江戸城から喜び勇んで退出するころ、りふじん堂一党は、中の蔵の第三の部屋で、歯ぎしりする吉保と狂兵衛の声を聞いていた。

善八が皆に告げた…。

「そろそろ江戸を離れる時期が来たようです。行者様お力ぞえを頂けませぬか」

「ふむ、どうやらそのようじゃの。ところで、不穏な気配が満ちておるぞ」
との行者の言葉に、外をうかがってきた新助と太助が黒鍬衆の包囲を告げた。
続く
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posted by ぷんぷん at 09:59| Comment(0) | りふじん堂・桃太郎奇譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする