2019年01月15日

現代の一休さん達の反撃がオシャレ!

現代の一休さん達の反撃がオシャレ!


以前福井県のお坊さんが僧衣で車を運転していたら、警官から違反キップを切られたというニュースがありました。

「着衣が運転に邪魔なのかなあ」ぐらいで聞き流していたのですが、今度は多くの坊さんたちがその僧衣姿で、器用にジャグリングしたり、手品をしたり、僧衣であってもこんなに何不自由なく動けるぞ!という動画をアップし、ニュースで話題になっていました。

今どきの坊さんはなかなかやるなあ、と感じました。
詳しい事実関係は分かりませんが、単に裁判だ、抗議だと怒りに任せるやり方ではなく、今回の問題について動画を見た人がどう感じるのか、考えてほしい、とある種ユーモラスに投げかけているように思いました。

僧衣での運転に関してどうも警察もはっきりとした基準がなく、現場の警察官に運転に支障があるかないか判断を任せているようなのです。

よくよく考えますと日本はあいまいさあふれる暮らしの中でなんとかうまくやってきたようにも思えます。

そういえばあの文豪夏目漱石も「知に働けば角が立つ、情に掉させば流される、とかくこの世は住みにくい」と小説で嘆いたように、どうも当時の頭が先走る欧米帰りのエリートには日本は暮らしにくく感じていたようです。
今改めて思うのは、そのような日本の人間関係や日本人を少し愚鈍だと揶揄しているようにも受け取れてしまいます。

私などもつい理で攻めようとしがちですが、今回の坊さん達のデモンストレーションをみて、ふと考えさせられてしまいました。

どうも日本人は本来結構いい加減でのんびりな性格なのかもしれません。
あまり物事をはっきりさせないほうがうまく暮らせる先人の知恵なのですね。

日本人の価値観を再発見するのが必要かも!とぷんぷん

IMG_0038.JPG


欧米的な価値観は石の文化とでも言いますか、きっちり分断します。
ですから家でも個人のプライバシーが守れるように部屋を区切り音を遮断します。

一方昔の日本は木の文化といえます。
家の襖や障子は音を遮断できず、おのずと暮らす上で作法が必要となりますものね。

日本とは古来暮らしの中の決まりごとには、いい面と悪い面がないまぜに同居している、まことに情緒的な国だったものが、明治維新以降、西洋的なものを良しとする傾向があまりにも占めるようになってしまいました。

恣意的に悪者がこのあいまいさを利用しますと弱いものいじめの面が強く出ますし、逆に大目に見ることで人を窮地に追い込まず、育てたりもします。

今回、現場の警官ももう少し大きな目で安全運転の注意と服装の注意で済ませればここまでの問題にならなかったことでしょう。しかし一方では僧衣や警察官の問題だけでなく、日本人の意識啓発としても注目したいと思いました。

ただいえることは厳密に運営・管理するとどうしてもこんな事態が起こるのが世の常です。
また今回の件は大手メディアが取り上げたことで話題になりましたが、やはりメディアの影響力は大きいのです。

そうであるなら今の心ある政治家さんたちも、現代の一休さん達を見習い、アピールや問題提起にもっと工夫を凝らす努力が必要なのかもしれませんね。
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posted by ぷんぷん at 17:48| Comment(2) | 先人・偉人からのギフト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ランキングから来ました。

今回の記事を見て思ったのは、最近、本当に杓子定規で考える人が多くなってきたなということです。
契約型の欧米社会はそれでいいかもしれないですが、日本社会においてはもう少し
柔軟性をもった考え方でいいのかなという気もします。

ありがとうございました。
Posted by kiyoshi at 2019年01月19日 12:03
kiyoshiさん
コメントありがとうございます。
本当にご指摘の通りです。
わたしもつい頭だけで政権批判が口につき、反省しています。
もう少し柔軟に、人を慮る社会にしていきたいものです。

>kiyoshiさん
>
>ランキングから来ました。
>
>今回の記事を見て思ったのは、最近、本当に杓子定規で考える人が多くなってきたなということです。
>契約型の欧米社会はそれでいいかもしれないですが、日本社会においてはもう少し
>柔軟性をもった考え方でいいのかなという気もします。
>
>ありがとうございました。
Posted by ぷんぷん at 2019年01月20日 09:05
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