2019年10月29日

父が逝った

父が逝った


一昨日の夕刻、父が亡くなってしまいました。肺がんで、90歳でした。

2年ほど前、大腿部のガンの手術を受け入院したのですが、肺への転移が見つかり、医者が言うには体力的に外科手術は難しく、薬の投与しかないといわれました。

家族としてはできるだけ長生きしてもらいたいと思ったのですが、父は好きな焼酎を飲んで最後を迎えたいと頑として譲らず、病院での長期入院を断り自宅で過ごすことになったのです。

簡単に言いますと治療はせず、どうしようもなくなるまでは自宅で普通に過ごすことになりました。医者には長くて半年といわれていたのですが、思ったより経過もよく結局2年ほど好きな焼酎を飲み往生できたのはよかったと思います。

先週のはじめに、急に具合が悪くなり近くの総合病院に入院することになりました。医者が言うにはそう長くはないと告げられ、母含め私たち親族は覚悟を決めたのですが、3日ほどは意思疎通もでき落着た状態だったので長期入院になるかもしれないと思っていました。

そんな中、先日の日曜日に、主な親族関係がたまたま揃って見舞うことができました。呼吸は苦しそうでしたが、意思の疎通もでき孫たちも元気になってね、と声をかけ、それを父は確認できたようでした。今思えば父なりに皆への別れができたのかもしれません。昼過ぎには皆安心して病院を退出し各自家路についたのです。しかしその後数時間たって病院から、様態が急変して危ないので来てくれという電話があったのです。

覚悟はしていたものの、さっき見舞ったばかりでなんで、と思いましたが、とにかく病院に駆けつけるのと、きょう見舞いに来た妹などに連絡したのですが連絡がつかず、とりあえず留守電を入れ、私は病院に駆け付けました。
しかし残念ながら死に目に会えたのは母だけで、私は間に合いませんでした。

その時から、病院、死亡診断、葬儀社、親族との今後について話し合や実家のお寺が九州の田舎のためお通夜や告別式をどうするかなど一挙にやることが押し寄せてきたのです。

また結局妹と連絡がついたのが3時間後ということで、その件でも気がめいる事態が起こりました。

どこまでやればいいのか、故人への死を迎えた各人の純粋な思いをどうすればいいのか?

そんなことにはお構いなく、葬儀の手配や火葬場のスケジュールやら、高齢になった九州などの親戚とのやり取りなど含め、いろいろ段取りや確認というまるで事務処理に追われている状況なのです。

そんな悲しい気持ちに浸る間もなく、こまごまと雑事をこなさなければいけないことにいら立っている自分がいます。

父の死をどのように迎えたらいいのか、行政への手続きへの疑問・怒り、いずれ来る自分の死にどのように備えるか、などなど落ち着いたらまた書いてみようと思います。

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posted by ぷんぷん at 11:42| Comment(0) | 先人・偉人からのギフト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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