2019年12月27日

一 弥勒菩薩降臨(みろくぼさつこうりん)?

一 弥勒菩薩降臨(みろくぼさつこうりん)?


ゴンッ!
「痛(ツッ)…」
暗闇にスッキリしない光が走ったかと思うと、誰かが何かにぶつかったような音がして、うめき声がした。

応仁元(おうにんがん)年(一四六七年)、大乱は室町幕府八代将軍足利義政(よしまさ)の治世下、将軍家家督(かとく)争いに端を発して始まった。そして、有力守護大名が二派に分かれての、全国的な争いに広がったのである。

後に『応仁の乱』と呼ばれる。

時が移るにつれてその元々のきっかけは忘れさられ、旧秩序勢力は早々と時代から退場し、世は戦国時代へと突入していった。

多くの戦国大名が盛衰するなか、覇権は織田・豊臣と移っていった。
天下は、元和(げんな)元年(一六一五年)、豊臣秀吉の遺臣との戦い、大坂夏の陣に勝利した徳川家康のものとなり、戦国の様相は鎮まることとなるのだが…。

百五十年にわたる戦乱により田畑は荒れはて、飢饉がしきりに起こった。
人びとは、それまでの美徳であった他の者へのいたわりや助けあう優しさなどは捨てさらざるを得ず、自分だけの目先の利益のみを追いかけるようになった。

弱い者は、ありとあらゆる苦しみをなめ、耐えるだけ耐え、そして理不尽に死んでいった。

その百五十年にわたる戦乱の明け暮れのなか、理不尽に散っていった幾百万の魂はいつか合い呼びあい、各地の天空で、静かに小さな塊が作られていった。

小さな塊は、さらに何十年もかけて幾つか集まると、より大きな塊へと成長し…、それらはまた合体するということをくり返した。

そして元禄八年(一六九五年)の春、ついに一つの大きな意思を持つ塊が作られた。
はるかな天空では長いあいだ様々な色の稲光がまたたき、怒号にも聞こえる遠雷が続いた。人びとは神仏の談合であると怖れおののき、目と耳をふさいで家のなかにじっと潜(ひそ)んだ。

しばらくするとその稲光と雷鳴はおさまり、天空に七色の雲が次々に現われては消えていった。
そして江戸の上空には、なんともワイルドな鈍色の雲が残り、そして渦巻いたかと思うと、その中心に人型の光が輝きだした。

幾百万の人びとの魂のうめきに応えた、『弥勒菩薩(みろくぼさつ)』の降臨(こうりん)である。
その姿は、およそ人びとが心に描く優しさを映す姿とは異なっていた。

石松 (002).png


どのような姿にも成り変わり、人びとの心に現われる弥勒菩薩の今度の姿は、簡素な法衣をまとっていた。
堅くしまった筋骨、短くかりこんだ髪、木の実のような目とあぐらをかいた鼻を持つ、神秘とは無縁(超ヤボッタイ)の庶民的な姿であった。

渦巻く雲の中心で結跏趺坐(けっかふざ)していた弥勒菩薩は、しばらく江戸の町へ向って、あちこちに思念を放っていた。

そしてやにわに目を開くと、
「手間をとらせたのう…、この時代の、しかも町なかに潜りこんでいたとは。
山ばかりさがしたことは今後反省せねばならんのう。

まっ、ややもめたが、今度の七福神評議会の関与対象答申とは時と場所が合っておるから、結果応頼(けっかオーライ)とするか」
とつぶやき、江戸の町に向かって無音の気合を放った。

「喝(カツッ)!」

弥勒菩薩は、江戸某所でしばらくの眠りについていた男をたたき起こしたのである。その気合に感応した男は飛びあがり、そのはずみでどこかに頭をぶつけたようである…。

その男はきびしい修行の末、鬼神(きじん)の使役(しえき)や天空の飛翔、仙界まで行き来するなど、多くの超人的な術を身につけていた…、

『行者・役小角(えんのおづぬ)』である。

桃太郎 行者役子角.jpg


元々は大和(やまと(奈良))や河内(かわち(大阪))に勢力をはった名門の出であり、修験道の開祖として尊崇(そんすう)されている。それにもかかわらず、どうも品というものには縁遠い男であった。

行者は慶雲(けいうん)三年(七〇六年)に『通常の人』の寿命を全うしたあと、大和国(やまとのくに(奈良))葛城山(かつらぎさん)の洞窟に身を隠してしばらくの眠りについていた。

そののち、奥州の戦い前九年・後三年の役、源平争乱、関ヶ原大戦などの時代を画する騒乱が起き、庶民の困窮が始まるたびに、弥勒菩薩からたたき起こされた。そして特使として派遣され、あちこちの時代の庶民の色々な難儀がとりはらわれるまで、奔走してきたのである。

ようは、数十年から百数十年の間隔で、弥勒菩薩の一方的な要請に従ってこき使われては、また世を忍ぶということをくり返しているのである。

それには訳があった…。

行者は、江戸の世から千年も前の朝廷には手に負えない、恐るべき存在だったのである。
行者の圧倒的な術に恐怖した朝廷は母親をとらえて人質にした。

そして、朝廷をあげて大祈祷を行い、行者を鎮まらせるよう釈迦に願い続けた。
願いを聞いた釈迦は弥勒菩薩を呼んだ。

「人間界から、カクカクシカジカの願いが届いておるが、ひと働きしてみる?」
「応契牧場(OKぼくじょう)!」

弥勒菩薩は、なぜかうれしそうに超機敏に(マッハで)応(こた)えた。
さっそく弥勒菩薩は行者に面談を申し入れて一枚の文書を示し、母親の解放と引きかえに署名を強要した。

行者は、実は母親の能力は自分より高く、勝手に逃げ出せることを知っている。
(なのに逃げ出さないのは?…わしがどのくらい心配しているか試している!もし弥勒菩薩の申しいれを無視したりしたら…)

『アーン?…、おまえは、母ちゃんがどうなってもいいと思ってんのかい…、アーン!』
という、ドスのきいた声が聞こえた…ような気がした。

母親のお仕置きを極度に恐れている行者は白目をむいてしまい、恐ろしいほどに不利な、弥勒菩薩が提示した『合意確認書』なるものに、ろくに内容を見ることなく署名してしまったのである。

その文書とは次のようなものであった。


『合意確認書』

甲(弥勒菩薩をいう)と乙(役小角をいう)は、乙の母親を解放することを条件に、以下の各号について合意したことを確認する。

一、 乙は、今後は改心し良い人になる。

二、 乙は、みだりに色んな術を使うことをつつしむ。特に、死人(しびと)を復活させる術などの深刻な術の使用については、公益法人
七福神評議会(こうえきほうじんしちふくじんひょうぎかい)が許可した場合にのみ可能とする。同評議会構成員については補足にし
るす。


三、 乙は、今後、甲の指示に従い、各時代の庶民の生活を平穏に導く手伝いをする。なお、各時代とは同評議会の答申をもとに、甲が一方的に
  定める時代を言う。

四、 三号にまったくかかわらず、乙は甲の個人的事情に関する指示、甲が必要と認める一切(いっさい)の協力依頼等をこばむことはできない。


五、 三号、四号の履行にかかわる一切の経費は、乙の負担を原則とする。

六、 本合意に違背(いはい)する場合の罰則は、乙のみに一方的に発生することを原則とし、その罰則内容は甲に一任される。


七、 甲が指示し、乙が実行した実績評価は、七福神評議会にて厳正に審査される。なお、甲の指示内容は審査対象外とする。

八、 七福神評議会にて過半数の高評価が得られない場合、甲は乙にお仕置きする。これに対する乙の抗議は一切認められない。
なお、お仕置き内容は、そのときの甲の気分に基づき定められる。


九、 本書の効力は、乙が署名した瞬間に発生するものとし、甲が適当と認める期間におよぶものとする。その期間は、本合意確認書の効力が発
生したのち、多分すみやかに別途作成されるであろう覚書にて定める。

十、なお、前記各号のすべてに対して、甲乙の気分によるわがままな解釈、歪曲による主張があった場合は、甲の主張を優先する。

(補足)
七福神評議会は、次の七柱の神仏により構成する。
恵比寿(えびす)、寿老人(じゅろうじん)、大黒天(だいこくてん)、毘沙門天(びしゃもんてん)、福禄寿(ふくろくじゅ)、弁財天(べんざいてん)、布袋(ほてい) 《敬称略、五十音順》

 大宝(たいほう)元年(七〇一年)某月某日
 甲 弥勒菩薩
 乙 役 小角 


続く
ご訪問ありがとうございます!!
「クリックしていただけると励みになります!!」

ブログランキング・にほんブログ村へ

posted by ぷんぷん at 11:38| Comment(2) | りふじん堂・桃太郎奇譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
面白い!

弥勒菩薩様と役小角なんて、面白い組み合わせだなぁ。
世直しでもしてくれるのか、楽しみ。
Posted by 冬至魚 at 2019年12月29日 17:39

冬至魚さん

ありがとうございます!

ぜひお楽しみください。
Posted by ぷんぷん at 2019年12月30日 10:11
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。