2019年12月30日

二 七福神評議会(しちふくじんひょうぎかい)?


二 七福神評議会(しちふくじんひょうぎかい)?
 
合意確認書が成立して以来、行者が同書九号の効力期間の覚書の話なんかすると、弥勒菩薩は急に耳が遠くなったり気絶したりするのであったが、指示することだけは忘れない。

時には、釈迦後継者選挙にそなえて点数をかせぐために、

「頼む!経費は七福神評議会にもたせるから、わしが慈愛にみちた教えで人びとを救った、というふうの現地指導者の自発的な感謝状をかき集めてきてくれ」

と言われ、日本のみならず、唐(から)・天竺(てんじく(インド))、その他の、いわゆる仏教圏一円におよぶ国々の動乱に際しても、視察と称したり特使と称したりして、私的に派遣されたりした。

二言語話者(バイリンガル)ではない行者は、共通語の唐語を話せない。

「どうせ、報告書を本気で読むような者はおらんし、それに手抜きがばれても、知ったこっちゃないし…」

と、質の悪い地元の下請け業者へ調査を丸なげして、弥勒菩薩をほめたたえる文書(みたいなもの。本当は闘鶏の番付け表や、女郎屋(バンブーハウス)の宣伝ビラのたぐいだったのだが…)をとじこんだ。

そして、調査経費一枚当り銀何貫目に値する、などとでっち上げて提出した。
ようは公費による観光旅行(ドッカの議員団視察?)の域を出なかったのだが…。

もっとも、行者は『多言語話者(スピードラーニング)の術』という、どの国の言葉でもたちまち話せるようになる術を持っていたのだが、行者本人にはその効きが悪くなっていた…。

播磨国(兵庫)の有馬温泉でサボッていた時、知能水準(IQレベル)が近かったせいか(?)、湯につかりに来た猿と仲良しになったのだが、ある時温泉名物の直径三寸(約九センチメートル)程の炭酸煎餅を取り合いになった。
そして、猿が何か啼声を発して指差した煎餅を、行者は根性が曲がったガキのように、意地汚くパクッと口の中に放り込んでしまった。

すると、何と猿が、

「このバカたれが、これは俺様の物ダッチュウに、あ〜喰いやがった!」
と言っているのが解ったのだ!

行者はその時の猿の啼声を呪文としてパクッてしまい、その呪文がかかった似たような大きさの煎餅を食べるとどんな国の言葉でもたちまち話せる術として、手持ち術の一つ(ラインナップ)に加えたのだった。

が、術をかけられる者にも一定の知能水準(IQレベル)が必要であったため、ボケが進んだ最近の行者自身には効(き)かなくなっていたのだ…。

ただし、この後仲間となるりふじん堂という英雄たちの子孫には必要に応じてその煎餅を配ることになる…。


ところで合意確認書によれば、行者が特使としての使命を達成したかどうかは、七福神評議会で検討されることになっている。
評議会で過半数の高評価を得ることができれば一件落着となり、応分の報酬が行者の母親が指定した押入れに自動振込みされ、行者にはしばらくの休養が与えられる。

そして、七福神評議会の答申にもとづく次の使命が決まると弥勒菩薩が現われ、恫喝にも似た熱きまなざし(アイコンタクト)をするのが通例となっている。

ただし最近の弥勒菩薩は、使命が達成するころには特命したことさえ忘れていることがままある。そして、そもそも七福神評議会の評価が、最近ではあてにならない。

評議会は、応仁の乱に続く戦国時代に結成されたメンバーが、時空を超えて任命されていた。
武士も庶民も日々の暮しどころか、その命をつなぐことさえおぼつかない不幸な時代であった。人びとは心の安らぎをもとめ、日本の神も唐・天竺の神も区別なく必死に信心したのである。

公益法人というものは、設立当初はまっとうな目的を設定し、その達成のために奮闘するのが常である。が、時がたつにつれ、そもそもの存在目的さえ忘れさられて怠惰になっていくのも常である…。

この評議会もその例にもれなかった。
大宝(たいほう)元年(七〇一年)から九百年ほど時代がくだると、もう目も当てられない始末である。

桃太郎奇譚 七福神.jpg


恵比寿(えびす)は、日がな一日釣りに熱中し、ナ〜ンモ考えずに魚を食いすぎて袴(はかま)のヒモの長さ(ベルトの穴)が足りないほどパンパンに太ってしまった。


寿老人(じゅろうじん)は、鹿の身勝手育種家(ブリーダー)になり、本匹(本人)の意思を無視して色々な珍種の鹿を作りあげることに血まなこになっている。


大黒天(だいこくてん)は、無目的に日がな一日、日光浴で惰眠をむさぼり、テラテラと輝くほどまっ黒に日焼けしてしまった。


毘沙門天(びしゃもんてん)は、性格がますます狷介(けんかい)になり、四天王仲間である持国天(じこくてん)、増長天(ぞうちょうてん)、広目天(こうもくてん)と、喧嘩(けんか)に明け暮れる毎日である。


福禄寿(ふくろくじゅ)は、世を隠れて楽することのみにうつつを抜かし、ろくでもないことばかり考えすぎて、頭が異常にふくらむ始末である。


弁財天(べんざいてん)は、厚化粧で琵琶のひき語りを得意とし、(本当は超音痴なのでそれを誤魔化すために)仏蘭西歌謡(シャンソン)に似せた囁くような声で歌っては、世俗の貴族の気を引く日々を過ごしている。


布袋(ほてい)は、もともとの放浪癖がさらに高じて、袋に身の周りの品を詰めこんでさまよい、栄養状態が悪いはずなのに、どういう体質かブクブクに太ってしまった。

ようは、人間界のことに興味を失っているため、まじめな議論や評価はまったく期待できなくなっており、評議会は脳死状態になっているのである。

行者はそれをいいことに、適当な報告をするようになった。

続く

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posted by ぷんぷん at 15:35| Comment(2) | りふじん堂・桃太郎奇譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いいね、いいね。

快調だよ。
Posted by 冬至魚 at 2019年12月31日 02:00
ありがとううございます。

まだまだ、これからです!
Posted by ぷんぷん at 2020年01月01日 10:38
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