2020年01月21日

二 土左衛門と天九牌?

二 土左衛門と天九牌?


もうすぐ三月になろうという日の早朝のことである。

焼酎を飲みすぎた行者は朝の風を受けようと、ペタペタと冷や飯草履の音をたてながら、日本橋久松町あたりの掘割にそった通りをチドリアシでフラフラ散歩していた。

「ファーっ」
と伸びをした頃、東の空が明らんできて、藍色から茜色に天空を染めた朝焼けが広まってきた。

その壮大な光景に感動した行者は、腰に手を当てて仰ぎ見ていた。
そして背を反(そ)らし過ぎて気分が悪くなり…、

「ウッ」
と、掘割(ほりわり)にかかる千鳥橋からゲロを吐いていたところ、身を乗り出しすぎて落っこちてしまった。行者は泳げない。

「ヒイッ、助けてぇ…、ゲボッ」

その声に近くで鰻とりをしていた清四(せいじ)という子が気づいて、達者な泳ぎで助けあげて背中をさすって水をはき出させた。ついでに行者は、黄色い水を大量にはき出した…。

「フーッあやうく土左衛門になるところだったわい、ありがとうよ」

「爺ちゃん身投げなんかしちゃいけないぜ。何があったのか知らないけど、生きてりゃきっといいことがあるから。家まで送って行ってやるよ」
と、行者を仕世堂まで送ってきたのだった。

善八は、太助と同じ長屋の十歳になる清四を見知っていて、

「おや、なんかあったのかい」

「なんでもないよ、この爺ちゃんに道を聞かれて友達になったんだ。ボケたのかなんだか知らないけど、道に迷ったってんで連れてきただけさ。じゃあね」
と、手をふって帰っていった。

ひとに優しくしてもらったことがない行者は、

(清四君か。勘違いには複雑な気分だが…、それにしても優しい子だの、気に入った。友達と言ってくれた…嬉しい!)
と、涙がにじんだ目で、いつまでもその後姿を見ているのだった。

その数日後のこと、清四が鰻とりに行って帰ってこないという。
父親は亀吉という魚の棒手振(ぼてふ)り(天秤担ぎの小売商)なのだが、最近は、生類憐みの令のあおりを食らってさっぱり売上が落ちている。
それを見ている清四は、少しでも家計の足しになるようにと、日々鰻とりに出かけ、貝穀屋に買い取ってもらっていたのだ。

太助は、亀吉と一緒に探しに行った。

河岸からさしかかる柳の枝の影のなか、岸ぎわの一尺(約三〇センチメートル)ほどの深さの河底に白い物が落ちているのに気づいた。

「象牙の根付(ねつけ)か…、あまり見ない形だが。ま、何かの手がかりになるかも知れねえや、持ってかえるか」
と、手ぬぐいに包んでふところに納めた。

その太助の動きを、半町ほど離れた場所の屋根船の中からじっと見つめるきれ長の冷たい目があった。


「土左衛門(どざえもん)だ!」


南町奉行所の定廻り同心、大月謙次郎(おおつきけんじろう)が使う御用聞きの晋左のもとに、隅田川にかかる永久橋近くの杭にひっかかっていた水死体の届けがあった。晋左は手下を謙次郎の屋敷に走らせた。

杭に顔をぶつけたのか、人相がはっきりとは判別できなかったが、項(うなじ)に蚊に刺されたような痕跡があるのに気づいた。

「なんだこの痕(あと)は?」

謙次郎は、奉行所出入りの町医師・慶順(けいじゅん)に検死してもらうことにした。

慶順は、口からもれてきた大量の水を凝視し、次いでにおいをかいでいたが、

「これは井戸水じゃ。盆の窪の傷は鍼のあとに似ているが、わしらが使う鍼の跡より大きいの…、これは唐鍼(からばり)によるものじゃな。
フム、井戸水をはった桶にでも押さえ付けられて水死させられたうえ、とどめに唐鍼を打ちこまれた、というところかの。それに、下帯(フンドシ)の付けかたや帯の巻きかたがどうも不自然じゃ、日本の着物に不慣れな者が着せたような塩梅じゃ…」
と、検死を終えた。

長崎で異国の知識を吸収している慶順は、当時の江戸では屈指の事情通である。
御用聞きはさっそく聞きこみを始めたが、土左衛門の身元もわからず、これといった情報もつかめなかった…。

検死の翌日、貝穀屋で昼飯を食べた後、出された茶を飲みながら慶順は、宗兵衛とのよもやま話に、土左衛門の一件を話し始めた。
慶順、謙次郎、そしてりふじん堂一党は、『理不尽を許さない』という共通の感情でむすばれ、お互いに協力している。そのため、捜査に関わることもある程度は開放的(オープン)に情報交換している。

唐針の話を聞いた宗兵衛が、太助が持ち帰った象牙の根付を見せて、

「先生は唐の事情にお詳しい。これは唐渡(からわた)りの物を、根付になおした物ではないでしょうか、おわかりになればお教え下さいますか」
との願いに、慶順はあちこちながめていたが、

「これは、天九牌(てんきゅうはい)じゃな。これを使った遊戯(あそび)は人びとが中毒するほどおもしろく、身の破滅をまねくということで、清国では禁止されていると聞いているが…」
と話して帰っていった。

天九牌.png

天九牌



天九牌とは、獣骨や象牙などで作られた四角い三十二枚の牌のことであり、寸法は縦二寸、横八分、厚さ四分(約・六センチメートル×二・五センチメートル×一・二センチメートル)ほどで、色んな賭けごとの遊戯につかわれる。
これらにはまると時を忘れてのめりこみ、身を滅ぼすといわれている。
続く
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posted by ぷんぷん at 12:10| Comment(0) | りふじん堂・桃太郎奇譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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