りふじん堂一党は、公儀が一日も早く多くの事件を解決して、江戸の町が平穏になることを祈り、何か協力できることがあればなんでもしようと見守っていた。
多くの犯罪、とりわけかどわかしにあった子供たちのことを考えると、とにかく一刻を争うのである。
やがて、善八は腹をくくった。そして、りふじん堂一党を集めて告げた。
「もはや公儀だのみはあきらめざるを得ない。りふじん堂が出動すべき時じゃと思う。よろしいか!」
皆は無言で頭を下げた。
(能勢様は、ご自分が蝮とよんだ唐人組織が百連壇という組織であることまでは知らない。突破口は長崎にあるが、公儀の調べを待っていては手遅れになる…)
心を決めた善八はつぶやいた。
「まずは、公儀でただお一人信頼できる能勢様に、りふじん堂の志と実力をお認め頂き、役人の口出しを封じて頂くことにしよう。そして役人が口出しを始めるまえに情報を集め、オロオロしている間にサッサと子供たちを救出する、ということを基本に工夫しよう。
が、その方法じゃが…」
しばらく考えていた善八は腕組みをといて、
「よし、思案がついた」
とつぶやき、貧乏徳利と茶碗を持って行者の部屋をたずねた。
「なんじゃ?」
居眠りしていた行者は涎をぬぐって起きあがった。そして焼酎をチューチューと飲み始めた。
「行者様のあの素晴らしい術の数々は健在ですかの?」
「もちろんじゃ。さらに磨きがかかっておるぞ!」
「無形飛翔(ステルスフライト)の術も?」
「もちろんじゃ」
「超時空移動(タイムトラベル)の術や夢枕囁き(マインドコントロール)の術、他の術も?」
「もちろんじゃ、と言うておろうが!」
善八は、老人を怒らせるとあとが面倒と、質問を終了した。
「それ以外にもいろいろ発明したが」
「いえいえ、今までおうかがいしたすばらしい術で、トリアエズ十分でございまして」
「トリアエズ?」
「いえ、こちらのことで…。
ところで、懇意にして頂いている皆様に、貝穀屋で一献さしあげたいと思っております。この席で、かどわかされた子供たちを奪い返すための談合をしたいのですが…」
「清四君のことを心から心配しておるのだ。わしも力のかぎり協力するぞ!」
「ただ、行者様は私の本家筋の親戚ということにさせて頂きたいのです。行者様のご経歴を他の方がたにわかってもらうことは、なかなか難しいのではないかと思いますので」
「いいとも、わしはかまわんよ」
(行者の術が活かせれば相当の調べができるのう。あとは、この行者のやる気を持続させる手だてじゃが…、ウン、これはお京さんにまかせよう)
もろもろの状況を文にしたためた善八は、すでに長崎から京に向かっていたお京と翔吉に向けて鳩を放した。
貝穀屋前の桟橋についた猪牙舟(ちょきぶね)(軽舟)から、お京が降り立った。
「京の八文字屋様をうかがおうと、かの地を踏んだおりに早文を手にいたしました。おりよく懇意の紀伊国屋文左衛門様の千石船に大坂からお乗せ頂くことができ、風待ちすることもなく、昨晩伊豆の下田に着きました。
そして今朝、これまた懇意の伊勢屋様の押送舟(おしおくりぶね)に便乗させて頂きました」
八文字屋は、京で浮世草紙や浮世絵を出版する大手の版元である。主人の八左衛門と善八は情報交換をおこたらない。
紀伊国屋文左衛門は今売り出し中の若い海商であり、りふじん堂の皆とはかねて懇意であった。
押送舟は、組立式の帆と五丁から八丁の櫓をつけた快速船である。江戸の魚河岸に各地から毎朝鮮魚をとどけるのである。
夕刻、謙次郎と慶順が、善八、お京と行者が待つ貝穀屋に集まった。
善八が行者を紹介した。
「こちらにおります老人は、私の本家筋の伯父でございます。さき頃江戸見物に大和(奈良)から出てまいりました田舎爺ぃでございます。見ばえも悪く、人柄もいま一つという、言わばくそ爺ぃではございますが、お引きまわしのほどよろしくお願いいたします」
行者が抗議しようとすると、隣に座っているお京が腕をつっつき片目瞑り(ウィンク)した。行者の口はピタッと止まった。
宴も竹の子(たけなわ?)になり、行者は千年の年季が入った『泥鰌(どじょう)すくい』を披露した。
慶順ものりにのり、腹に人の顔を描かせて長崎でおぼえた腹踊り『博多ぶらぶら』を踊り出した。
謙次郎は何やら『ちょぼくれ節』のような歌をうなってゆらゆらし始めた。

「皆様お酒はそろそろ…」
善八が言ったが誰も聞きやしない。
それを見たお京が、
「エーカゲンニセンカイ!」
と一喝すると、皆はそれぞれの席に正座したのであった…。
続く

