翔吉と竜平は長崎唐人屋敷で善八の手紙に見入っていた。と、そのとき、
「ただいま到着した」
と、尚栄が部屋に入ってきた。
二人はあまりに早い尚栄の到着に驚いていると、
「ゴホン…」
と、いう声が聞こえ、部屋のなかに人影が像をむすび始めて、やがてむさくるしい爺ぃが現われた。
「その手紙に書いてあると思うが。どれ、その手紙を見せてみよ」
翔吉は、たしかに手紙の最後に、
(なお、変な爺ぃが現われると思う。まことに品がなく女にだらしない爺ぃではあるが、使える術は身に付けている。うまく使えば使い勝手がある)
と書いてあったことを思い出した。が、翔吉は、
(お頭も何かの事情でことわりきれなかった爺ぃを派遣したものだろう)
と無視していたのだが…、
なぐりかかるのも忘れて…、驚いた!
そして手紙を手の中にかくして、努めて冷静に、
「『行者役小角といわれる荘厳な光をまとった神々しいお方が現われるので、夢にも粗略に扱わないように』と書いてございます。が、しもじもの手紙など恐れ多くてお見せすることはご勘弁願います」
と言って、手紙を丸めて飲みこんだ。
「そうか!」
と、単純に喜んだ行者は、手紙を飲みこむという不自然さにはまったく気づかずに協力を申し出た。
「ヘヘエッ、ハハアッ、ホホウッ…」
このとき、この際なんでもいいからと、要領のいい竜平はすばやくひれ伏して恐れ入ったポーズをとったのである。
翔吉は飲みこんだ手紙にむせて、恐れ入った格好(ポーズ)をするのが一拍子(ワンテンポ)おくれてしまった…。
「へへエッ、ムムッ、ハハアッ、ゲポッ、ホホウッ、グビッ…、グルジー…」
翌日から、あの冷たい目の男の探索は二人にまかせて、翔吉は尚栄と二人で長崎の状況を調べにまわった。
みょうに竜平の反応(レスポンス)を気に入った行者は、翌朝から竜平とともにあの男をさがし始めた。
「竜チャン」
「行(ギョウ)チャン」
と不気味)に呼びあい…、しかし真剣に…。
数日後、薄やみがただよう頃に、ひそやかに唐船が港に入ってきた。
波止場から小舟がこぎよって行くと荷を積み、あわただしく帆をあげた。
「あの男だ!」
竜平は船上のあの男を見のがさなかった。
「竜チャン、行こう!」
「ヒエッ!」
みょうに湿っぽい手で手をつかまれた竜平は、ふしぎな体験をすることになった。地面から足が離れ、夜空に舞いあがったのである。無形飛翔(ステルスフライト)の術である。
「行チャン、すごい術ですね、さすがは偉あい行者様だ!何人でも天空に連れて行くことができるんですか?」
「若い頃は何人でも連れて行くことができたんじゃが、年齢に円熟味を増したこの頃は、普通は大人数を運ぶことは安全上自粛しておるのじゃ」
と、七福神評議会から術を制限されていることにはふれずに、見えをはった…。
(ようは、爺ぃになって体力がおとろえた訳ね…、中途半端…)
と竜平は思ったが、それは口には出さないことにした。
しばらく夜空をかけ続けた…。
「行チャン、あのお皿のような格好の、チカチカ光りながらアチコチ飛びまわっている物はなんでしょう?」
「あっあれか、あれは遠くの星から飛んできた遊帆(ユーフォー)という空飛び船じゃ。中をのぞいたことがあるが、タコが船をあやつっておった。ハハハッ…」
(この爺ぃの頭のネジは、五本は外れている…)
…………。
「行チャン、あの夜空を渡っていく帆船はなんですかい?」
「あっあれ?あれは無限郷(ネバーランド)とかいう、空のかなたの島へ紅毛人(こうもうじん)を運ぶ乗りあい船じゃ。これものぞいたことがあるが、がき共と羽がはえた女一寸法師が飛びまわっておったな。ハハハハッ…」
(この爺ぃの頭のネジの外れは十本以上だ…)
……、竜平は、再びしばらくは黙っていた、が、
「あの〜うっ、手がみょうに湿っぽいんですが…、チョッと手を放してもいいですか?」
「それは無理だ。直接肌身を触れあわせないとわしの術は伝わらないのだ」
…………。竜平は耐えた。

冷静さをとり戻すと、竜平は船のゆくえの見当がつき始めた。五島列島の久賀(くが)島と呼ばれる島である。
今では唐人組織と西班牙(スペイン)人海賊が同居しているそうである。
港には、追ってきた南蛮船、髑髏(どくろ)号が停泊していた。
唐船からの荷が次々に桟橋の蔵の中にしまわれていった。奥の暗がりから子供のすすり泣く声が聞こえる。
「竜チャン、わしの術で蔵のなかに入ってしまおう」
「おいらも一緒に入れるんですかい?それに唐語がわかるんですかい?」
「いや、壁とかなんとかをすり抜けるときは誰かをつれて行くことはできんのじゃ。ようするに、わし一人しかすり抜けられんの…。それと唐語もわからん…」
(使えねえ…)
「じゃ、ここに手をついて足をふんばって下さい」
「ウウッ、苦しい…」
竜平が行者のうめきをまったく無視して蔵の中をのぞこうとしたとき、蔵の扉が開き、あの冷たい目の男が扉に鍵をかけ、近くの唐人屋敷に入っていった。
竜平から蔵の中の様子を聞いた行者が提案した。
「こういう作戦はどうじゃ?まず、わしが中に入りこんで見張りを眠らせる。そして子供たちを連れ出す」
「どうやって見張りの男を始末するんですかい?」
「ま…、チョッと言いにくいが、猪声幻惑(ブッ、クラこいた)の術というものを使う」
「豚の泣き声で相手の目をくらます術?と言うことは、ブーッという音が出て相手の目がまわるという術…?
名前だけで相当臭い術であると、大方想像がつきます。それはやめましょう…、子供たちが耐えられそうもない。第一、ものすごく下品です」
「やはり…却下か…」
「それに扉の鍵を持っていないのに、子供たちをどうやって蔵の外に連れ出すんですかい?他のところにも、かどわかされた子供たちが大勢いるようですが、その子供たちはどうするんですかい?」
行者は気おちして、うっすらと涙をため、
「そんなポンポン言わなくても…、わしは帰る…」
とつぶやいた。
あわてた竜平は、
「行チャンあっての救出作戦です!偉あい行者様のお力を子供たちがまっているんです。真の実力をお見せ頂くのはこれからと確信しております!
先ほどのご提案は私をためされようとされただけで、行者様も本心はまずはあいつらに気づかれずに様子をさぐることをご提案されようとしたことは、この竜平、ヨックわかっております!」
「ムムッ、やはりそうか、わしがいないと立ちゆかないか。それにしてもさすが竜チャンじゃ、わしの本心を見ぬいておったとは!」
行者はサクッと機嫌をなおした。
三人の唐人と二人の南蛮人が、唐人屋敷の内庭の大きな卓(テーブル)で酒を飲みながら談合していた。
百連壇幹部と、西班牙(スペイン)人海賊の幹部である。
「集めた子供たちは合わせて百人ほどだ。それに三〇〇貫(約一一〇〇キロ)ほどの金銀財宝と千両箱が積みあがっているはずだ。そろそろお宝を山分けしたいがいつ頃になる?」
百連壇幹部からすごまれた海賊幹部は、
「台湾に渡るのは明日でも大丈夫だ。来月の終わり頃には墨西哥(メキシコ)からの船が基隆(キールン)に着くはずだが、がき共はその船に乗せて墨西哥に運ぶ段取りだ。
ところで数ヶ月前に、要塞に一人の阿蘭陀(オランダ)人が舞いこんできたそうだ。こいつを何かに使えないかとお頭が考えている」
ややあって、行者と竜平は、これ以上の耳よりな話はないと長崎に帰った。
続く

