第四章 災いの正体
『小さな角』のつぶやき…
驚いた!
近頃わが国でおこったいろんな犯罪を仕組んだのは、清国の犯罪組織かと思っていたが、南蛮国の王のムチャクチャな妄想がからんでいたとは…。
それにしても、手強い相手に戦いを挑むことになったわい。
悪さを仕かける奴らのねぐらはどこだ?
この際、鎖国令もへったくれもないだろう?
一 塒(ねぐら)の様子?
四月初旬の早朝、りふじん堂一党が乗る唐船『鶴港(かくこう)』が、密かに台湾北部西岸の港町・淡水(たんすい)に入港した。
翔吉が、反体制組織・鄭氏(ていし)党を率いる従兄弟の鄭(てい)翔(しょう)竜(りゅう)・翔虎(しょうこ)の兄弟と、無言で抱き合った。
そして、ひととおりの話をすると、翔竜がすぐさま決断した。
「西班牙(スペイン)野郎がそんな悪さを企んでいやがったか。いい機会だ、奴らをたたきつぶしてやる。暗くなってから出発だ」
皆は翌日の夜明け前に基隆(キールン)に着いた。
旅籠で一休みしていると、戻ってきた配下の話を聞いて翔竜が話した。
「あのせまい海峡の向こうの島は牙島(がとう)と呼ばれており、昔の西班牙要塞に海賊が巣くっている。島のまわりには大型の船は近づけない。
海峡の潮の流れは速く、満潮と干潮の動きに合わせて逆転する。
ところで一人の紅毛人が要塞に閉じ込められているということだ。
それと、淡水と基隆の中ほどにある、辺鄙な台北というところに百連壇が巣くっているようだ」
と、二階の部屋から見える海峡向こうの、石造りの要塞を指差した。
「その紅毛人の名前はわかりますか」
とのヨハネスの問いに、翔竜が答えた。
「残念ながら、今はそこまでは…」
「行者様は清四をごぞんじでしたね」
「うんよく知っているぞ、わしの親友だ。優しい子じゃ」
「ヨハネスさん、兄上はあなたと似ていますか」
「実は双子の兄弟なのです。両親さえもしばしば区別が付かず間違われるほどでした」
翔吉は二人に確かめると、調べについて指示した。
「行者様には母屋の中を見てきて頂けませぬか。竜平は空から要塞内部の配置と島全体の様子を書きとってこい」
「いざ行かん!」
行者は、ためらう竜平の手をムンズとつかんで飛び立っていった…。
行者の術を初めて見て驚く翔竜たちに、翔吉は『ハイハイ』とウンザリとしながらもその素性と術について説明した。
しばらくして二人がもどってきた。
竜平が図面をさしながら説明をはじめた。
「要塞ですが、正面一町半(約一六〇メートル)、奥行二町(二二〇メートル)ほどの長四角で、船着場から北東二町ほどのところに、基隆側に太い鉄鎖(てつくさり)で引きあげられる跳ね橋がある城門があります。
要塞のまわりについてですが、海峡はいちばんせまいところで十間ちょっとです。裏側に要塞を見下ろす高さの岩山があります。」
最後に、周囲の様子と内部の建屋(たてや)の配置に及んで話はおわった。

続けて行者が要塞内部の様子について説明した。
「母屋の下に格子で仕きられた地下牢があり、牢番が見張っておった。
中には清四君とおおぜいの子供たち、ヨハネス殿によく似た阿蘭陀(オランダ)のお人も。
阿蘭陀のお人は相当弱っておられ、身うごきもつらそうであったがのう…。
ところで、板壁に囲われた厠があるのだが、清四君が用をたしに入ったのを見て話をすることができた。驚きをおさえて牢内の話をしてくれたが、まことにかしこい子じゃ…。
長崎、京、大坂、熱田(あつた)そして江戸の、九十九人の子供たちが、かどわかされておった。可愛そうにのう…、グスン…。お、そうそう肝心なことを忘れておった。
そのヨハネス殿にそっくりな阿蘭陀人からということで清四君からこのような物をあずかってまいった。わしには何が書いてあるのかわからんが…」
と布切れの束をヨハネスにわたした。
ヨハネスが布切れを読む姿を、皆は見守っていた…。
と、その静寂をやぶって行者がつぶやいた。
「しかし、おそらく水堀から引きこまれた水が下に流れる清潔なあの厠はすばらしい。もちろんポットンには鉄格子がはまっているんじゃが、水洗式ともいうべきものか…」
と、みょうに水洗式厠を気に入っている。
……、またしばらくの沈黙。
(やはり変わっている…)
と、皆は芋虫(いもむし)の声を聞いた時のような、驚きの目で行者を見たのであった…
続く

