アメミットと戦う福禄寿にはこれといった芸はないが、それなりの戦いを展開した。
頭は鰐(わに)、鬣(ひげ)と上半身が獅子、下半身は河馬(かば)という、超チグハグな姿であることからコンプレックスを感じていた。その性格は獰猛ではあるが、かなり単純であることを見ぬいた福禄寿は優しく接した。
アメミットは、優しくされてつい福禄寿への攻撃が鈍ってしまった…。
死者の心臓をえさとして生きてきたアメミットに懇々と話しかけた。
「シーンパーイ、ないからね…」
と何度も首すじをさすると、河馬の足で立ちあがって猛り狂っていたアメミットはおだやかになり、やがて子犬のように寝息をたて始めた。
そこに福禄寿は異常に肥大した頭で頭突きをかました。
「キャインッ」
という声を発して、アメミットはゴロンとのびてしまった。
これも相当卑劣な作戦ではあったが、ともかくズノウ作戦ではあった…。
異質な戦いが別の天空で繰りひろげられていた。
剣、弓、矢、矛、鉄輪、投げ縄、大鋏と、それとなぜか鏡を、八本になった手に持つ弁財天はメドゥーサ目がけて攻撃を開始した。
行者からメドゥーサのことを聞いていた弁財天は、鏡をたくみに使ってメドゥーサの首から下のみを見ながら戦ったのである。
髪に見まがう、頭にうごめく無数の蛇から毒気を吐いて迎えうつメドゥーサは、左手に鏡の形をした石の団扇を持っている。右手の青銅の手の指をスルスルと伸ばして弁財天の髪をかきむしり、左手の石団扇で弁財天の頭を張りとばし、猪の歯で首を噛みきろうとした。
弁財天は、そうはさせじと、手に持つ剣や矛をメドゥーサの身体に突き立てると、大鋏でチョキンッ、チョキンッとメドゥーサの頭の蛇髪を切りとっていった。
なんとも言えない、クンズホグレツの戦いを展開するのだった。
ただしこの戦いは他のものとはチョッと変わっている。
互いに顔だけは攻撃しないのだった。
そして、どちらからともなく、なぜかタイミングよく化粧タイムが作られ、互いに化粧直しをすると、
「キャーッ」
「ギャーッ」
という身の毛もよだつ奇声を交わしながら、また戦いを再開するのだった。
何回かの化粧タイムが終わった時、弁財天の鏡が偶然にメドゥーサに向いた。
「しまったっ!」
思わず本能で、久しぶりの鏡をのぞきこんでほほ笑んでしまったメドゥーサが叫んだが、すでに手おくれだった。
「ギャッ」
という声を残して、石に変わって海底に沈んでいった…。
「ゼーッ、ゼーッ」
髪をふり乱し、息をはずませる壮絶な姿の弁財天には、誰も近よれなかった…。
大きな袋に唐辛子の粉を入れた布袋は、笑顔を浮かべた穏やかな顔でサイクロブスに近よっていった。
放浪の旅を愛する布袋ではあったが、みずから歩くことはまれになり、いつか太りすぎてメタボになってしまった。そこで、霊力を持つ背に負った袋を押す力をコントロールすることで、チョビッと瞬場移動する技を身につけている。
接近戦を好むサイクロブスは、三丈(約九メートル)にも及ぶ大きな体をかがめてその大きな一つの目で布袋をのぞきこんだ。そして鋭く大きな鋼の強さの爪を持つ三本指の両の手で布袋をつかもうとした。
曖昧な笑みを浮かべた布袋は、左手で背なかの袋の口をサイクロプスに向けて右手に力をこめた。
サイクロプスの両の手は空をつかみ、ついで唐辛子の粉が襲った大きな一つの目から流れ出す涙をぬぐうのみで、布袋の存在などもはや二の次になっていった。
「退散(ゲッツ)…」
という意味不明なかけ声とともに、布袋はサイクロプスが振り回す両手の外に瞬場移動していたのだ…。
さて、互いに一歩もゆずらぬ首領同士の戦いが天空の極みで展開されていた。

軽快な足拍子(フットワーク)にのせ、左胴拳(ボディ)、右の突上拳(アッパー)、そして左右の重い正面拳(ストレート)の連打を放つ弥勒菩薩。
背にはえた邪悪な大きな翼をたくみに使い、その口から地獄の炎をふきかけては上空に離れるデーモン。
一歩もゆずらぬ、互角の戦いが続けられていた。
しかし、時が移るにつれて配下の悪鬼の形勢が次々に悪くなっていくのが気がかりなデーモンは、次第に散漫な戦いを強いられていった…。
「アレッ、ヤバッ、エーッ、アイツモッ?」
とつぶやくデーモンは、弥勒菩薩との戦いに集中できなかったのである。
そしていつかプロポーズしようと思っていたメドゥーサが石になったのに目をやってしまった。
「アッ、アーッ、メドチャンが…」
メドゥーサのことを思うと頬がポッと赤らむ純情な一面を持つ、極めて複雑な性格のデーモンはガクッとしてしまった。
そこを弥勒菩薩は見逃さなかった。
たくみに左腕でデーモンの首をかかえこむと、力瘤が盛り上がった右腕でデーモンの顔と言わずボディと言わず、なさけようしゃなくボコボコに殴りつけた。
クリンチコール(消極姿勢指導)のない戦いに決着がついた…。
デーモンは、
「手拭(タオル)…」
と一声うめき、たおれていった。
目はつぶれ鼻血がふき出し、足はもつれていた。
東洋の神々と西洋悪鬼との戦いは終わった…。

海底から救い上げた石のメドゥーサを蘇生させて抱きかかえたデーモンたちは、まったく戦意喪失して、小さな白い手巾(ハンカチ)をふって天界の隅に小さく固まっていた…。
もともと八匹の悪鬼は、無理に旅行程(スケジュール)調整した海外旅行感覚でやってきていたので、
(こちらは、契約にそってやるべきことはやった。あとは報酬を待つのみだ…)という立場(スタンス)をつらぬいたのだ…。
デーモンとメドゥーサにいたっては、別の時空では弥勒菩薩側に立つこともあるのだが、西洋は契約社会であるためにドライに割り切って来日したのである。
楽市丸の護符に描かれた七福神は、元のおだやかな表情に戻っていた。
続く

