2020年07月14日

第九章 江戸凱旋

第九章 江戸凱旋



『小さな角』のつぶやき…

やっと困難な旅を終えて帰ることができたようだな…、ヨカッタ、ヨカッタ。
『泡酒(ビール)をマーワセー、朝まで飲もう、……、ア、ドンドン!』と大杯(ジョッキ)をみがき始めたところなのに、また新たな難儀が始まるのか?
面倒はつきないもんだ…。

でも、もう少しで一件落着(ハッピーエンド)のめどがつくんじゃないか?
気をぬかずにな!



一 わき立つ人々!


水平線に夕日がかかってきた。
その美しさは、言葉に表すことができないほどの美しさだった。
八重根浜に打ち寄せる波がこれまでの戦いでささくれ立った皆の心を癒すのだった…。

夕日が隠れる頃、善八が行者とともに現れた。そして、江戸の状況をつたえた。

「熱田からの早文のあと、ふっつりとつなぎがなくなり心配しておりましたが、安心しました。いま頃は能勢様にも様子がつたわっておりましょう」
数日後、楽市丸は伊豆大島に向かって帆を上げた。

ひと足さきに、仕世堂(しせいどう)にもどってきた善八は、絵図の上の七つの寺社に印をつけると、七種類の護符を出入りの絵師に注文し、いくつかの文を認(したた)めた。

つぎに、江戸に待機していた紀伊国屋文左衛門にいくつか頼みごとをしたあと、南町奉行能勢頼相(よりすけ)邸をたずねて談合した。

翌日の夜半、護符と文を持った行者が夜空に飛び立っていった。
そして七つの寺社をめぐり、住職や宮司の枕元に立ち、護符をおいては夢枕囁き(マインドコントロール)の術をかけていった。

その間善八は、お伽草子を書きおろしていたが、行者が戻ってくると京に飛び立っていった…。

楽市丸は大島の波浮(はぶ)港に碇を投げた。

そこには、七福神を乗せた宝船を帆に描いた紀伊国屋の『七福丸』と、伊勢屋籐衛門の十艘ほどの押送船(おしおくりぶね)待っていた。

桃太郎奇譚 七福神.jpg


宗兵衛は清四に結び文を書かせた。

「おいらたちはひとあしさきにえどにかえります。おせわになりました。せいじ」


江戸ではすでに十日前に七夕が終わり、お盆もあと一日を残すのみだったが、今年は七つの寺社で特別の行事が予定されていた。

神隠しにあった子供たちの帰還を祈る祈祷がとり行われることになったのだ。
寺社の住職と宮司に、天啓があったということである。

朝の日ざしが堂内を満たし始める頃、結界の上から何やら舞いおりてきた。

日本橋の松島神社では大黒天、末廣(すえひろ)神社では毘沙門天、小網(こあみ)神社では弁財天の護符が…、深川の富岡八幡宮では恵比寿、心(しん)行寺(ぎょうじ)では福禄寿、深川神明宮では寿老人、深川稲荷神社では布袋の護符が…。

「オーッ、七福神のお力じゃ!」

人びとの声が寺社内に響くと、結界の白布がとり除かれ、かどわかされた子供たちが並んで寝ていた…。

それを天空で見ていた行者は、今回のミッションにおける七福神評議会からの最高評価を確信した。

一方七福神は、人びとから受ける尊敬と人気が不動のものになったと確信し、

「好業績(グッジョブ)!」
と、言いあいハイタッチを繰り返していた。

これがきっかけで七福神参りが定着した(ノカモシレナイ…)。

「お奉行、大変なことが起こりました。神隠しにあった三十人の子どもたちが帰ってきたそうです!親元の近くにある七つの寺社に今朝がた…。
それと、築地沖に宝船が…、多くの小判を積んだ宝船が参ったそうです!」

北町奉行川口宗恒(むねつね)はたたき起こされた。
今月の月番(つきばん)町奉行所は北町である。南北両奉行所は、一月ごとに現場勤務である月番と内勤を交代している。

江戸の町は、久しぶりの明るい話に『十日遅れの七夕だ!』と喜びでわきかえっていた。
全国の飢饉は絶えず、特に今年は奥羽を中心とした冷害によるすさまじい飢饉が始まっていたのである。

後に『元禄の大飢饉』と呼ばれることになる。

飢饉による物価高で、江戸の人びとは青息吐息のありさまである。
このような時だったため、江戸市中はわきにわいたのである。
人々をへたに制止しようものなら、奉行所もボコボコにされそうな熱気を帯びていた。

北町奉行川口宗恒の供をして築地に駆け付けた同心山影琢磨が、皆にただした。

「一体どういうことじゃ!誰の船じゃ!」

すると、一人の男が進み出た。

「おう紀伊国屋か。その船を質(ただ)しにお奉行が参られた」

「お信じになられないかもしれませんが、伊豆を過ぎたあたりで、船倉に突然!積み上げられた千両箱とその上に寝かされたお子らが現れたのです。
話しを聞くと神隠しにあったと聞くお子たちのようで、腹を空かせて疲れているようでした。それで、食事を与えて寝かしておいたのですが…。
昨夜再び様子をうかがいにまいりますと、この結び文を残してお子らが消えていたのです。ただいま結び文と千両箱をお奉行様におとどけしようと、荷揚げを急いでいたところでございます」
と、山車に美々(びび)しく飾って山積みした千両箱を指さした。

「ふざけたことをぬかすと、牢に叩き込むぞ!」
と、詰め寄ろうとする山影琢磨を制して、

「むむ、やはりそうであったか。この川口に対する神の深い信頼がなせる、まことに目出たい話じゃ。取り調べは終了した。山影、千両箱を奉行所に運べ」
と、宗恒はそそくさともどっていった。

「これで良いのかのう…」
と、琢磨は釈然としないまま山車を伴い、北町奉行所に帰っていった。

宗恒がこの次第を筆頭老中に報告すると、筆頭老中は疑うでもなく指示した。

「とりあえず北町が保管せよ。使い道については寺社、勘定、町の三奉行所評定で案を作り、その方が明後日の老中評定の場で報告せよ」

七福丸が運んできたお宝は、台湾から長崎に持ち帰った財宝を換金した千両箱のほんの一部である。
財宝のほとんどは、目立たないように売却するよう長崎の大黒屋小兵衛に依頼して、小判に換金してもらっていたのである。

その総額は十万両にものぼるものだった。そのうちの一万両のみを七福丸に積みこんで、残り九万両を為替(かわせ)で江戸に送金していたのである。

為替は小口にして色んな経路を複雑に経由させ、懇意の伊勢屋籐衛門方に送るように依頼していた。

九万両の小判は、行者の術でりふじん堂の中の蔵の第三の部屋にひそかに納められていた。ちなみに、九十の千両箱は相当にかさばるが、なにせ第三の部屋は伸びちぢみ自在である…。
続く
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posted by ぷんぷん at 10:15| Comment(0) | りふじん堂・桃太郎奇譚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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