2021年03月02日

「やさいバス」コロナ渦に拡大、ロコ経済の手本!

「やさいバス」コロナ渦に拡大、ロコ経済の手本!

この一年、かみさんとまとめ買いに近くのスーパーに行くようになりました。
歩いて行けるところに3件のスーパーがあるのですが、最近ではオオゼキというスーパーでほとんど買い物をしています。

理由は商品の品質がよく、良心的な値段でしかも店員さんがてきぱきとして気持ちがよいのです。

また、近所の農家が野菜の直売をしていて、オオゼキよりもさらに安く、とれたてのものを売っていてたまに買います。あまり商売っ気がないオヤジが朝どれの野菜を並べ、三人ほどでたき火を囲みながらのんびりしている風情も気に入っています。年末に正月料理用として購入した直径15センチ長さ80センチほどの大根と、ずっしりと重く両手で抱えるほどの白菜はやっと食べきったところで、共に150円という安さです。

ほぼ1年近くコロナ禍で最低限の外出を強いられている中、かなりストレスがたまり、楽しみは食事と好きなお酒を飲むことぐらいですから食材はとても大事なのだとこの1年で実感しました。

かみさんがコストを抑え工夫して作ってくれる料理ですが、さすがに一年間、毎日三食作るのは大変でただ食べるだけの私は申し訳ないなあと感じていました。
最近ではかみさんもだんだん自分の味に飽きてきたと週に1回ぐらいは出前を、外食も2週間に1回ぐらいは行くような感じです。
皆さんもいろいろ工夫されていると思いますがどうなのでしょう。

コロナ禍、政府はオリンピック開催をまだあきらめていないようですが、とても開催できる状況ではないと思います。しかも経済は本当に厳しく毎日のように会社縮小だけでなく倒産が相次ぎ疲弊のピークを迎えているように感じます。

そんな中で地域に根差したビジネスが注目されています。

以前農家と利用者をつなぐ新しい物流ビジネスとして話題になっていた「やさいバス」が着々と拡大しているようなのです。当時は大企業や農協、そして既存の市場など、規模の経済が幅を利かせている中では、非常に厳しく地域に根差すにはなかなか大変だろうなという認識でした。
しかしこのコロナ禍が後押ししたのかもしれません。

食だけでなく今回のコロナによって様々なビジネスシステムが特に都市部から崩壊し始めています。
もう本当にあっけないほどで、たとえコロナが収まっても、もとには戻らないと思います。
特に食に関しては実質外出禁止状態では飲食関係は本当に大変で業態転換できるところはまだよく、三ちゃん経営のお店などはどんどんつぶれています。

しかし既存の市場への出荷しか手段が限られていた農家にとって、「やさいバス」が提供しているサービスは取れたての新鮮な野菜を提供し、最寄りの独自のバス停にもっていけば回収してくれる優れたシステムです。
そして、その野菜は契約しているレストランへそのまま配送してくれるので、購入するレストランなども鮮度がよくしかも物流コストが数百円で済み、余った時間を料理に集中できると大好評なのです。

以前は神奈川県でテスト的にやっていたようですが、今では全国から注目され首都圏含め事業が拡大しているのです。

さて私は勝手に衣を医に変えた、医食住は年配者には特に重要だと感じています。

コロナ禍にあってはとくに食は生きていくために欠かせません。
買う側にしてみれば、価格もそうですがコロナに打ち勝つ免疫力を高める食材は大切です。
しかも毎日新鮮で価格の安い食材はとても魅力的なのです。

新鮮!美味い!安い!とぷんぷん

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そんな中生産者にも取れたてを低コストもかかわらず利用者に届けることができるこの仕組みは既存の市場と比べればその差は歴然です。

大規模経済を支える市場や物流に比べ、何より鮮度が劇的に違います。しかも安いのは利用する個人経営のレストランには大助かり、いずれ流通として直接消費者にも届くサービスもやるのではないかと思います。

食に限らずこれまで当たり前だった生産、物流、流通がロコビジネスにスイッチして行く過程なのかもしれません。
ネットを使ったサービスと相まって劇的に変化していきそうな予感がします。

以前アメリカ・ポートランドの暮らしについて紹介しました。
 ポートランドの儲けすぎない、ロコビジネス

自分が暮らす地域で必要な範囲で仕事をする、そして儲けすぎないビジネスがいいのだと思い出しました。

そして、人を押しのけたり、自分だけ得をしようとせず、地域とつながりる、いい意味で他力本願の暮らし方が、つまりあまり一生懸命頑張る働き方ではない社会が生まれてきそうで少し明るい気持ちになってきます。
皆さんはいかがでしょうか?
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2019年12月17日

四十九日 二拝二拍手一拝で父を悼む叔父

一昨日の土曜日が父の四十九日のため九州に行ってきました。


四十九日の法要は菩提寺の住職が父をよく知る人で、説法も父の人なりや生前の私たちの知らないいろいろな話をしてくれて、とても心のこもったもので、住職に感謝しました。

また父方、母方の親戚も数は少なかったのですが、懐かしい叔父や叔母なども参列してくれてやはり故郷でやってよかったと感じた次第です。

というのも、実は住職の次男が横浜の寺に婿入りしていて、お通夜も葬式も上げてもらい、一時は墓をこちらに移してしまおうかと考えていたのです。

思えば私たち転勤族だけでなく、今では核家族化が進み、また親戚縁者も全国に散らばっている人がたくさんいる時代になりました。

最近では葬式だけでなく結婚式も家族だけ、場合によっては本人たちごく限られた人たちで済ますケースが増えていると聞きます。

そんな時代にあって、父の生まれ故郷に骨をうずめることができ、本人も喜んでくれたのではないかと思った次第です。

ところで父は長男だったのですが、養子となった人で、家は代々神道でした。一つ違いの弟の叔父も来年は90と高齢で、つい最近入院していたようなのですが、耳は遠くなりましたが、どこか私の父と所作が似ていて、なんとも言えない懐かしさを覚えました。

実は焼香のさい、一瞬 叔父もぼけたか?と思い、思わず、笑いかけたのですが、なんと神式の二拝二拍手一拝をやったのです。しかし住職は背を向けていましたし、拍手は音を立てずにやっていました。伯父としても気を使ったのはわかりました。

きっと叔父は叔父なりに自分の送り方で父を偲びあのような神式が自然とでたのか、それとも何か特別な想いや意図的があってのことなのか、後で確かめようとも思いましたが、止めました。

宗教は人を救うのそれとも迷わすの?とぷんぷん

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私の妹はカソリックで洗礼を受けています。また私の家内の実家は浄土宗ですし、私は信心の全くない浄土真宗です。

宗教について私は全く分かりません。が、故人を偲ぶやり方を人から強要される筋合いはないと考えています。

それぞれの宗教や宗派によっていろいろ決まりごとがあり、厳格な家では叔父のやり方はありえないのでしょうが、仏式の場で二拝二拍手一拝の姿には違和感は伴いましたが、なぜかとても静かに父を悼み、偲ぶ叔父の想いを感じることができ、暖かい気持ちになりました。

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posted by ぷんぷん at 15:26| Comment(2) | 先人・偉人からのギフト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月29日

父が逝った

父が逝った


一昨日の夕刻、父が亡くなってしまいました。肺がんで、90歳でした。

2年ほど前、大腿部のガンの手術を受け入院したのですが、肺への転移が見つかり、医者が言うには体力的に外科手術は難しく、薬の投与しかないといわれました。

家族としてはできるだけ長生きしてもらいたいと思ったのですが、父は好きな焼酎を飲んで最後を迎えたいと頑として譲らず、病院での長期入院を断り自宅で過ごすことになったのです。

簡単に言いますと治療はせず、どうしようもなくなるまでは自宅で普通に過ごすことになりました。医者には長くて半年といわれていたのですが、思ったより経過もよく結局2年ほど好きな焼酎を飲み往生できたのはよかったと思います。

先週のはじめに、急に具合が悪くなり近くの総合病院に入院することになりました。医者が言うにはそう長くはないと告げられ、母含め私たち親族は覚悟を決めたのですが、3日ほどは意思疎通もでき落着た状態だったので長期入院になるかもしれないと思っていました。

そんな中、先日の日曜日に、主な親族関係がたまたま揃って見舞うことができました。呼吸は苦しそうでしたが、意思の疎通もでき孫たちも元気になってね、と声をかけ、それを父は確認できたようでした。今思えば父なりに皆への別れができたのかもしれません。昼過ぎには皆安心して病院を退出し各自家路についたのです。しかしその後数時間たって病院から、様態が急変して危ないので来てくれという電話があったのです。

覚悟はしていたものの、さっき見舞ったばかりでなんで、と思いましたが、とにかく病院に駆けつけるのと、きょう見舞いに来た妹などに連絡したのですが連絡がつかず、とりあえず留守電を入れ、私は病院に駆け付けました。
しかし残念ながら死に目に会えたのは母だけで、私は間に合いませんでした。

その時から、病院、死亡診断、葬儀社、親族との今後について話し合や実家のお寺が九州の田舎のためお通夜や告別式をどうするかなど一挙にやることが押し寄せてきたのです。

また結局妹と連絡がついたのが3時間後ということで、その件でも気がめいる事態が起こりました。

どこまでやればいいのか、故人への死を迎えた各人の純粋な思いをどうすればいいのか?

そんなことにはお構いなく、葬儀の手配や火葬場のスケジュールやら、高齢になった九州などの親戚とのやり取りなど含め、いろいろ段取りや確認というまるで事務処理に追われている状況なのです。

そんな悲しい気持ちに浸る間もなく、こまごまと雑事をこなさなければいけないことにいら立っている自分がいます。

父の死をどのように迎えたらいいのか、行政への手続きへの疑問・怒り、いずれ来る自分の死にどのように備えるか、などなど落ち着いたらまた書いてみようと思います。

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posted by ぷんぷん at 11:42| Comment(0) | 先人・偉人からのギフト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする