2020年06月09日

四 邪悪な影?

四 邪悪な影?


楽市丸は遠州灘を渡り、伊豆大島をめざした。

三原山の姿が遠くに見え始める頃、楽市丸はなぜか南に流され始めた。

船頭が、船主代理の竹蔵に報告した。
「竹蔵様、大島に向けようと必死に船をあやつっているんですが、わしらの力がおよばない何かの力で船が流されております!」

そこにいた行者も、めずらしくまじめな顔で、

「先ほどからなぜか背なかがゾクゾクしておる。チョッと見てくる…」
と言い残して、姿がかき消えた。


行者は天上界に昇り、思念を放った。

現れた弥勒菩薩は、本能的に行者の手みやげのバナナにさっそく手をのばした。

「どうした?」

「海をごらん下さい。船の下に何か邪悪な大きな影が…」

「ウン…?これは大変じゃ、領海侵犯じゃ、評議会の召集じゃ!」

弥勒菩薩が七福神を呼び集めた。

桃太郎奇譚 七福神.jpg



「多分あれは…。百年ごとに開催される『海の神々の交流会(シンポジウム)』の打ちあげで、西洋には性悪な大蛸に姿を変えて人びとの船に悪さをしかける悪鬼がおって困っておると聞いたことがある。その名はたしか…、『クラーケン』という名であったな」
と、恵比寿が答えた。


その名を聞いた行者は、西班牙(スペイン)国王の命令書にあった八匹の西洋悪鬼のことを伝えた。

「だとしたら、あのタコ野郎だけじゃなく、変てこな化け物がウジャウジャ出てくるおそれがあります。そしたら、とても私の手には負えません。皆様、あ奴らの悪さを止めて下され!」

台湾バナナに思わず手を出してしまったこともあり、弥勒菩薩は答えた。

「わかった、助けてとらす」

それでも弥勒菩薩は、みずからの危険分散(リスクヘッジ)に配慮し、

「下界の人びとに皆様のお力をお見せ下さい。最近落ち気味の神仏人気をとり返す好機(チャンス)であります。もちろん私もまいりますぞ!」
と、強引に七福神にも責任を押しつけたのである。

しかしそれでも不安であった。バナナをパクパクと食べながらつぶやいた。

「もし西洋の冥界に子供たちが連れ去られたら、その魂を取り戻すのはわしにはちと荷が重いかもしれんのう…、行者に安請け合いしてしまったかのう…」

バナナを二房ほど食べ終わると、その少ない脳細胞に糖分が行きわたり…、閃いた。

(ここはお釈迦様にもご登場願おう。このような西洋の神や悪魔とわたり合う大仕掛け事(ビッグプロジェクト)にわしが関わっておることを記憶してもらう、絶好の機会(グッドタイミング)じゃ。わしの荷も軽くなるし、うまくいけば無選挙で釈迦後継指名を受けられるかもしれん。公職選挙法は…、ギリギリ大丈夫(セーフ)じゃろう…。一石二鳥、いや一石三鳥とはこのことじゃ!)
とお釈迦様をたずねた。

石松 (002).png




「お、弥勒か。なんじゃ頼みごととは」

弥勒菩薩はカクッ、カクッ、シッカ、ジッカと要領悪く、ことの経緯を話した。
そして聞こえるように、ブツブツとつぶやいた。

「主権侵害を見のがすなど、頭領(リーダー)としてあるまじきことじゃ…」

そして今度は、大を声にして(?)言った。

「もちろん、この弥勒も命に代えましても人びとを救うことをお誓いいたします」

「冗長(オーバー)なことをいうな。そもそもそちは死ぬことなどありえんではないか」

「ははっ、言葉のあやでございまして、ようは私の心意気をおわかり頂ければ、ヤツガレ(私)喜びのイッタリキタリでございます」

「まあいい、手助けしてとらす」
との言葉を残し、その足でオリンポスの丘を目ざした。


オリンポスの丘を見おろす天上界で、押しつけがましく釈迦が話し始めた。

「ゼウス君、チョッといいかい。たしか君には麻雀の貸しがあったよね…、カクカクシカジカ…」

「西洋で冥界を支配しておるのは兄のハーデスじゃが、ひねくれ者での…。ちとやっかいじゃが…、わかった。もし冥界に子供の魂が送られたならば、『時期がずれるかもしれんが、それ以上の大物を冥界に引っぱりこんでいい』ということで、その魂を解き放つよう納得(なっとく)させよう。
悪魔や怪物にささげられる生贄の件は正直ふれたくないのう。近頃は悪魔や怪物との直接交渉はさけておるのじゃ、官製談合と言われかねんからの」

「悪魔や怪物が、勝手に悪人どもを生贄にするようにし向けることにすれば、問題はないんじゃないの?」

「ウーン、東洋の神々の関与があからさまになれば、西洋の神々の中から『主体性を失いかねないリーダーの資質を疑う』と騒ぐ者が出るかもしれんが。マ、なんとかしよう…」
と、恩を売る形で承諾した。
そして上目(うわめ)づかいで、

「これでわしの麻雀の借りはチャラ…?」

「応契牧場(OKぼくじょう)!また遊び仲間を集めておいてくれんか。今度は賭け率(レート)を上げよう。賭博禁止法がちと心配じゃがの…」

釈迦の口から、誰かの口ぐせが出て交渉は成立した…。

西洋の天界から帰還した釈迦は、弥勒菩薩が注視していることに気付かぬふうで、荘厳な雰囲気をただよわせて空にかかる満月を見上げていた…。

(実は、賭博禁止法に該当しない許容範囲について必死で思いを巡らせていたのだが…)
そして、ポツリとゼウスとの交渉結果を厳かに弥勒菩薩に伝えた。

「カッコイーッ!」

弥勒菩薩は甚だしい勘違いをして、月明かりが満ちる中、釈迦の格好(ポーズ)をまねて、これも厳かに行者に交渉の結果を告げたのだった…。

「神々が助けてとらす。安心せよ…」

行者はトッテモ不安だったが、時間もないことからアタフタと下界に向かったのであった…。
続く
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2020年06月02日

三 京までの帰還

三 京までの帰還


六月二十日、日が落ちてしばらくした頃。
鶴港はひそかに長崎港に碇をなげ、ヨハネス兄弟や長崎の子と財宝をおろした。

港はずれに停泊していた船から松明がふられると、鶴港はその船に近づいていった。その船は紀伊国屋文左衛門の持船『楽市丸』である。文左衛門の片腕である竹蔵が鶴港に乗りこんでいて、長崎以外の町の子供たちと荷物を楽市丸に移し始めた。
この港で船をかえるのである。

皆は、長崎の子供たちを親元に帰すための工夫を考えた。
行者の夢枕囁き(マインドコントロール)の術で、子供たちの今後のさし障り(トラウマ)になりかねない、つらく悲しい記憶を消し去り、この後の負担が少ないできるだけオツムがあったかい者の屋敷内に移すという段取りである。

宗兵衛は長崎奉行にねらいを定めた。

行者と竜平が、グッスリ寝こんだ子供たち十二人を長崎奉行所に運び、客座敷の布団に寝かしつけていった。
そのうえで行者が、独言伝達(ツブヤキ知ろう)の術をしかけた。

この術は、術を仕かける部屋を見わたせる物(甲)と、行者がいる部屋にある同じ物(乙)に特別な呪文をかけると、甲がある部屋の話し声が乙を経由して聞くことができるという、行者があみ出した個人情報保護を無視した術である。

皆は唐人屋敷の奥座敷に移動した。

行者は、唐人屋敷の一室、子供たちを移した奉行所の客間、そして奉行の居間の三つの部屋の掛軸の前に移動して、数珠をまさぐっては、ほとんど聞きとれない野州(やしゅう(栃木))なまりのくぐもった声で念じた。


翌早朝、皆が控える座敷の掛軸から、野州なまりに変換された奉行と同心の声がした。

「お奉行、大変なことが起こりました!」

「なんじゃ、朝っぱらからそうぞうしい」

「先ほど奥座敷に、子供が枕をならべて寝ているとの知らせがありました。子供に問いただしますと、かどわかしの届けが出ていた子らのようなのです」

「何を寝ぼけておる、そんなことがあるわけはないであろう」
と奉行はしかったが、それでも一応はその同心から状況を聞きとった。

念のために奉行所を囲む塀の内外をしらべたが、何者かが侵入した形跡もない。
もちろん子供たちのはき物もどこにもない…。

(ドウイウコッチャ?)
と、回転があまりよろしくないオツムでよくよく考えてみると、大変なことになるかもしれないということに気づいた。

(ウン?まてよ、エライコッチャ!下手をすると、奉行たるわしが子らをかどわかして、長い間奉行所に閉じ込めていた事になるではないか…。
ムムムッ…、…、ハーッ…、どのようなおとがめがあるかはわからぬが、仕方がない…)
と、
『子らは神隠しにあったものであり、このたび神隠しがとかれてぶじ帰ってきました』という、なんら科学的根拠がない(私は正真正銘(リアル)アホです)と言わんばかりの内容の報告書を作成し、江戸の勘定奉行あての公用早飛脚に託した。

江戸に送られた調べ書きの内容を、無形飛翔(ステルスフライト)の術で座敷の片隅からうかがい見た行者と竜平が、すぐさま皆につたえた。
宗兵衛が、江戸の善八に首尾を認めた早文を持つ鳩を放すと、皆に告げた。

「さて、そろそろ江戸に戻る頃かのう。江戸に向けて出港の準備じゃ」

一方、翔吉がひそかにヨハネスとフレデリックを出島に送りとどけ、出島の商館長(カピタン)ヘンドリックと今後の方針についてつめていた。
ヘンドリックはフレデリックをだきしめて、次いで翔吉の手をとった。

「このたびはまことにありがとうございました。よろしければヨハネスを江戸へお連れ下さい。
これは海賊運搬船船長から聞きとりました西班牙(スペイン)人海賊幹部の正式な姓名を記した名簿です。何かの時のためにおわたししておきます」

翌早朝七つ。

送る者、送られる者、皆は別れを惜しんで再会を約した。

「ヘンドリック様、ヨハネス殿、このたびはまことにお世話になり申した。フレデリック殿のからだが一日も早く元に戻りますように念じております」
と翔吉が代表して、二人の阿蘭陀(オランダ)人に感謝の言葉を残した。

その脇では、貝穀屋の取引相手である大黒屋宗兵衛と小兵衛が話していた。

「大黒屋様、例の件はよろしくお願いいたします」

「おまかせ下さい。きっとしてのけますからご心配なく!」


チョッと離れた暗がりで声が聞こえた。

「竜チャン!」

「行チャン!」
行者と竜平はガバとだきあった。そして涙を流して別れをつげた…


さわやかな朝日がのぼる頃、楽市丸は長崎湾口を出ると玄界灘をしのぎ、静かな瀬戸の内海をわたり、翌々日の夜五つ頃に大坂の安治川(あじがわ)河口に碇を投げた。

大坂東町奉行があわてふためき、長崎のときと同じ一連の騒ぎがくり返された。やはりアホな調べ書きを持つ早飛脚が、江戸に向かい走り出していった。

数日後、京西町奉行の役宅から、子供たちが親元に帰っていき、早飛脚が江戸に向かって走り出していった。

さらに数日後、熱田奉行の役宅に十四人の子供を移すと、おなじドタバタが始まり、やはり早飛脚が江戸に向かって走っていった。

選抜(ノミネート)された長崎奉行、大阪東町奉行、京西町奉行、熱田奉行のオツムがホッカホカであったことは言うまでもない…。
続く
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2020年05月26日

二 第二次海戦『尖閣諸島沖の戦い』!

二 第二次海戦『尖閣諸島沖の戦い』!


六月十六日、早朝。
鶴港が伊良部島を訪れて謝礼をわたして謝意を述べると、鶴港は那覇に向かった。

同じ日の正午頃、鶴港を追って百連壇の二隻の快速船が基隆を出航した。
『定炎(ていえん)』と『鎮炎(ちんえん)』である。

これを知った翔竜は文を書き、再び太助が残していった鳩に託した…。

翌日の早朝、鶴港は那覇港に碇をおろした。
日が落ちると尚栄、宗兵衛と本郷武蔵の三人は薩摩衆の目をあざむき、首里城に尚貞王(しょうていおう)を訪ねた。

「このたびの王様のご助力に心からお礼を申しあげます。琉球の民に分けあたえて頂きたく、ご笑納頂きますよう」
と多くの財宝の目録をわたした。

「もはや行くか、名ごりおしいのう。いつの日にか、この国にあつかましくもいすわっておる薩摩の者どもを追い出したいものじゃ。そのおりは手助けしてくれよ」
と、尚貞王は悲しげに会見をむすんだ。

三人は平伏したまま、顔を上げることができずにいた。
尚貞王が広間を去ってしばらくしてやっと顔を上げ、重臣に品々をわたして首里城をあとにした。

「尚栄、くやしかろうのう。が、今はわしどもにも何もできん。今は耐えて子供たちを江戸まで運ぶのだ」
との宗兵衛の言葉に、尚栄は改めて心に誓うのだった。

(他国に蹂躙されている民の苦しみはいかばかりか…。
なんとかして薩摩衆を追いだしたいが、気を使いすぎる公儀役人と、実情にまったく無知な将軍では、いかんともしがたい。
しかし、そのうちかならず追いだしてやる!)

宿にもどってしばらくすると、唐突に武蔵が宿を出ていった。

「ちょっと出てくる。遅くなるやもしれぬ」


その昔、宇喜多秀家が薩摩に寄寓したおり、秀家の家臣である武蔵の養い親である本郷伊予と、小西行長の家臣大谷中介という者が島津家に仕官した。

中介は儒者であり薩摩衆を指導した。
その孫、忠兵衛も大きな尊敬を得ているのである。
歴代の島津家主君も、その昔同陣営で徳川と戦った宇喜多、小西の遺臣をあつく遇した。
武蔵は、忠兵衛が琉球郊外に隠棲していることをかねて知っていた。

「大谷殿、薩摩衆の目に余る琉球衆へのふるまいを、おさえてもらえまいか」

「そなた様は、本郷伊予殿に育てられた、秀家様と行長様のわすれ形見のお子でありましたか…。わかり申した、できるかぎりのことをいたしましょう。
殿様にも一筆書き送っておきますゆえご心配なきよう」
と受けあってくれた。

「ただいまもどり申した。出発を日のべしてしまい、まことにご無礼つかまつった」
と、皆が待つ宿に帰ってきた武蔵が皆に頭を下げて、尚栄に耳打ちした。
尚栄は深々と頭を下げ、武蔵の杯に泡盛をそそいだのだった…。

那覇出航が一日のびたことが幸いした。

「日のべしたおかげで、淡水からの早文を得ることができました。
どうやらわれわれの後を、百連壇の二隻の船が追ってきているようです。
その船には旧式の大砲しか積んでおらぬようですが、鶴港は商い船で戦いには不向きであるうえ、多くの子供を乗せておりますので乗り移られるとやっかいです。
乗船している百連壇と海賊の幹部たちの名もあるところを見ると、討ち入りの時にはくたばっていなかったようです。
ここは子供たちの安全を確保したうえで、百連壇の船を沈めてしまう工夫がいるかと思います」
と翔吉が、皆にはかった。

しばらく考えていた宗兵衛が、
「尚栄さん、別れたばかりで心苦しいが、伊良部の皆さんのお力をおかりしてよろしかろうか?」

「このたびの討ち入りでは活躍の場が少なかったと言っておりましたゆえ、力をかしてくれましょう」

鶴港は伊良部島にもどり、子供たちをかくまってもらって準備をすすめた。
翌朝、沖合いを何も知らぬげに航海していると、海賊船の定炎と鎮炎が現れた。
二隻には西班牙(スペイン)海賊と百連壇の幹部八人が、多数の手下を引き連れて乗り込んでいた。

鶴港に気づいた二隻が、尖閣諸島の大正島の南で急速に接近してきて、その勢いのまま鶴港に突っかけてきて、旧式大砲を撃ちかけてきた。その威力は何ほどでもない大きな音だけのこけおどしであったが…。

それでも鶴港は、おじけづいたふりでヨタヨタと大正島の周囲を逃げまわり、海上に長くのびた岬の向こうに逃げこんだ。

男たちが舷側に集まり始めるのが見えた。そして、青龍刀やら蛇棒(じゃぼう)などの恐ろしげな武器をもち、渡し板や帆桁(ほげた)から垂らした綱などを準備して、大声をあげて威嚇してきた。

両側から挟みこみ、今にも船をよせて切りこんでくるかに見えたとき、鶴港は急減速して二隻の間にはいり込んでいった。
翔吉が合図した。

「放てっ!」

甲板の両舷にすえられた五門づつの大砲がその覆いが取り払われて、一斉に火をふいた。敵の大砲とはその威力が数段勝る新式の阿蘭陀(オランダ)製大砲である。
わずかな距離を水平に発射された砲弾は、一発もはずれることなく海賊船に大きな穴を開けた。

舷側に集まっていた男たちははじきとばされた。
定炎は、被弾した帆柱がメリメリッというぶきみな音をたてて舵にたおれこんで、動きをとめてしまった。

鎮炎は喫水のわずか下にあいた大穴から浸水して傾いていき、動きが弱まっていった。
そこに、岬のかげにひそんでいた伊良部衆の飛龍船(ペーロン船)部隊が姿を現わして、一斉に火矢をはなった。二隻はたちまち炎にくるまれていった。

船の男たちは火を消しとめるのをあきらめて次々に海に飛びこみ、船の破片に取りつくのが精一杯のありさまであった。
そして、三回目の一斉砲撃で海賊船はその動きを完全にとめ、炎と煙を発しながら沈没していった。

鶴港は、船の残骸にしがみつく海賊たちをしり目に、伊良部衆の二度目の見送りを受けて長崎への航海を再開したのである。

やがて、海賊船が発する煙を遠くに見つけたお京と行者が鶴港に合流した。
続く
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